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2007年08月06日

幻の名作『レッド・ペチコート』とは/他、大城立裕著作本2冊

幻の名作『レッド・ペチコート』とは/他、大城立裕著作本2冊
幻の名作『レッド・ペチコート』とは
    『縁の風景』『沖縄演劇の魅力』大城立裕著


 最近、沖縄タイムス社から出た大城立裕さんの『縁の風景』という一冊が気になっていた。これは大城さんがタイムス夕刊紙上で、'06年から'07年にかけて連載していたコラムに書き下ろしを加えてまとめたもの。連載していた時からちょくちょく読んで楽しんでいたコラムだ。立裕版「ちょっといい話」というか、御年八十を越えた著者の豊富な体験をもとにした、「小味な面白い話」(あとがき)を100編収録している。話題もウチナーグチ・ジョークや軽い下ネタから作家らしい沖縄文化論まで、登場人物も数十年も前に一度出逢ったきりの人から、旧知の沖縄の文人や(本コーナーで同じみの嘉手川学さんのスー、いやお父さんも登場している)有名作家まで、とにかく豊富である。沖縄の代表的な作家としての立場上か、重く堅いことしか書かないと思われている節のあった著者の、意外な側面と捉えられるかもしれない。僕はぱらりとページをめくり、ひとつの項目に手が止まった。「レッド・ペチコート」。このタイトルは以前目にしたことがあった。
幻の名作『レッド・ペチコート』とは/他、大城立裕著作本2冊
 実は僕は告白すると、大城立裕さんの長編小説をほとんど読んだことがない(ひぇー、こんなこと書いていいのか)。しかし好きな本はあります。みなさんにもお勧めしたいそれは、『沖縄演劇の魅力』(沖縄タイムス 1990)である。
 「タイムス選書II」の1として出た当時、えらい感心して読んだのだが、「演劇論でつづる沖縄戦後史」といった案配の、著者の演劇に関する文章をざっくりと集めまとめたものだ。
 沖縄は戦後すぐ捕虜収容所生活の中から沖縄芝居が復興したというエピソードが有名だが、大城さんは、1947年の沖縄民政府主催の懸賞付き脚本募集に『明雲』という作品で二等をとっている(その時は「一等なし」だが、これは主催者側が実は賞金の予算がなかったというオチがある)。戦争が終わって2年足らずの頃の話。現在でも新作の組踊を書き下ろす芥川賞作家は、実はデビューは小説ではなくて脚本だったのだ。以後、程度の差はあれども、ずっと沖縄の演劇にかかわっていたことは、この本で僕は初めて知った。脚本や演出だけでなく自ら舞台にも立っているし、演出や裏方も多数こなしている。その時代に現場にいた創作者として、また劇評家として、大城さんが実にたくさんのコラム(短文)を残していたのにびっくりした(本書では80ページ近い「沖縄の戦後新劇覚え書き」も収録されているが)。
 コラムはなにより時代の断面を切り取るのに一番適していると僕は思うのだけど、まさにそういった時代の空気が感じられるタッチの文章だ。新劇の盛んな戦後の沖縄なんてイメージがわかない僕くらいの世代でも、充分、タイムストラベルできる内容満載。
 とにかく1950〜60年代の沖縄で、こんなに、いわゆる「沖縄芝居」以外の新劇や商業芝居が行われていたことにびっくりした。ラジオやテレビでもオリジナルの脚本で作品がどんどん放送されていたのだ。

 さて前出の『レッド・ペチコート』は、大城さんが二等をとった時の佳作になった作品である。『沖縄演劇の魅力』ではこう書かれている。

〈『レッド・ペチコート』というのは、異色の題材であった。時は黒船渡来を迎える頃の沖縄、主人公の娘は遊里の生まれであるが、男勝りで、自分の潜在的な才能をもてあましている。彼女は人知れずベッテルハイムについてオランダ語を学び、恋をする年にある。恋人の青年は黒船渡来のとき通訳をつとめることになるが、当日盲腸炎を発病し、皆をさわがせているところへ、はからずも娘がピンチ・ヒッターを買ってでて、感動的な大活躍をする、という筋であったと思う。〉(「沖縄戦後新劇覚え書き」より)

 どうだろう、今でも、ぜひ見てみたいストーリーじゃないだろうか。というか、池上永一が書きそうな物語の発端みたいだ。
 「レッド・ペチコート」とは、「娼婦」という意味だそうだ。作者は「呉屋一雨」。このペンネームがどこの誰なのかは分からない。大城さんは、とても感銘を受けて、この作品の方が自分のものより数段上のような気がしたらしい。〈あれを書きなおして(上演を)やれないものか、というきもちは今も変わらない〉とまで書いている。この文章が最初の発表されたのは、1968年である(『新沖縄文学』)。
 そして2007年の『縁の風景』のコラムのなかでも、こう書いている。

〈作品は私を圧倒した。なぜこれを排して私が当選したのだろうと、自分の喜びをよそに合点がいかなかった。
 そのことを選者の山里永吉さんに伺ったら、開幕ののっけから蚊帳を吊って、そこから足がとびだしている、というのでは芝居にならんよ、ということであった。そんな些細なことが落選につながるのかと、他人事ながら不満であった。
 作者の名は呉屋一雨。たぶん筆名だろう。会ってみたいものだと思いながら、連絡の取りようもなく、六十年来そのままになった。この題名と作者名を私は冥土まで持っていくことになりそうだ。〉

 大城さんも知りたいだろうが、僕もとてもとても読んでみたい、『レッド・ペチコート』。
 誰もしらない名作が誰もしらないまま閉幕していく……。こういう沖縄もあるのですね。
(文・新城和博)
幻の名作『レッド・ペチコート』とは/他、大城立裕著作本2冊
プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/



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