2008年07月21日
「夏の島野菜を美味しく食べて沖縄の夏を過ごす」(嘉手川学)

短い梅雨が明けると気温はうなぎ登りに上がり、真夏日と熱帯夜が続いていて今年の沖縄は例年になく暑い。いや、外を歩いていると「暑い」を通り越して、むしろ「熱い」と表現したくなるほどの熱気の塊が沖縄を包んでいるように感じられる。幸いなことに沖縄では木陰やビルの陰に入ると、海から涼しい風が吹いてくれるので暑さを凌げるが、それにしても暑いのは暑い。クーラーのないボクの事務所兼書斎は小さな窓が一つしかないため風の通りが悪く、扇風機をフル稼働して汗だくになりながら連日原稿を書いている。
こんなに暑いと食欲が落ちてきそうなもんだけど、ボクはほぼ毎日、家族の夕食を作っているため、みんなが暑さに負けないよう野菜中心のメニューを作っているので食欲が落ちるヒマがない。というか落ちないようしているのである。そのためか、何気なく毎日作った夕食メニューを見ていると、そこでとあることに気がついたのである。ところで、農村部と違い那覇では新暦の7月や旧暦6月にはクヮッチー(ご馳走)の出てくる大きな年中行事もなく紹介するこれという、行事料理がないため、ボクが毎回の夕食で気がついたことを紹介しよう。
実は、梅雨が明けをした以降のうちの夕食の材料となった野菜に気がついたのである。ゴーヤーやナーベーラー(ヘチマ)をはじめ、シマナー(島菜=カラシナ)を塩漬けにして作った自家製チキナー、自分で漬けたラッチョウ(島ラッキョウ)、パパヤー、マクム(マコモ)、ウンチェーバー、ンジャナ、フーチバー、ニガチシャ、ハンダマ(スイセンジナ)といった野菜を使った料理を出していたのである。もちろんその間、キャベツやニンジン、大根、玉ネギといった一般的な野菜を使ったり、チャンプルやイリチーといった沖縄料理だけでなく、カレーライスやタコライス、親子丼や豚丼、八宝菜やチンジャオロースー、炒飯、肉ジャガなど普通の料理も作ってきた(ちょっと料理自慢が入っているけど)。

沖縄にはウチナーンチュが「島野菜」や「ウチナー野菜」と呼ぶ、昔から食べられている野菜があり、数年前から沖縄県農林水産部が中心になって、地産地消を目的として「沖縄の伝統野菜」を見直そうという動きがある。京都に「京野菜」があるように、沖縄にも伝統的な「沖縄野菜」があるというわけである。正式には「うちなー(沖縄)の伝統野菜と食材」といい、全部で60種類指定されている。野菜だけでなく穀類や果物、野草やハーブ、でんぷんなどを利用する植物も指定されており、変わったものではサンニン(月桃)が食材包装作物として認められている。伝統野菜の定義としては「在来種、外来種、帰化植物、野生種、栽培種、導入種に限らす、だいたい50年前から沖縄県各地で食材ととして利用された植物」と、特に厳しい定義ではなく、本土であまり栽培されず沖縄では昔から食べていたらからOK、といいうゆるい定義が沖縄的でとてもいい。本質は沖縄で作られていることが大切で、本土で作ったゴーヤーは正式な「沖縄の伝統野菜」ではないのである。
このコーナーでは旬に応じた沖縄の伝統野菜も随時紹介したいと思う。そんなわけでさっそく紹介するのは「ウンチェーバー」である。和名をヨウサイといい、別名でエンサイともいい、茎の部分がストローのようになっていることから空芯菜とも呼ばれている。中国や台湾、東南アジアなどでもよく栽培されており、本土では主に中華料理の野菜として知られているが、沖縄では夏の野菜として普通に食べられている。ビタミンAやB2、Cやカルシウム、鉄分、カリウムを豊富に含み、食物繊維を野菜類の中では多く整腸作用もある。葉野菜が不足する真夏の沖縄では重宝される野菜だ… 続きを読む
2008年06月16日
「島ラッキョウ食べて、ラッキーラッキー」(嘉手川学)

毎年この時期になると嬉しいことが、旬の島ラッキョウ(ウチナーグチではラッチョウという)が味わえることである。沖縄料理の店や居酒屋で薄塩に漬け込んだ美味しいラッチョウがでて、花鰹をかけて食べると泡盛が何杯でも飲めてしまうので、なんだか得した気分になり「ラッキー、ラッキョー、チェケラッチョウ!!」といってみたくなる。
島ラッキョウは本土のラッキョウに比べて球の大きさが小さく、球体にならずにスラリとスマート。香りは強く味が濃いので本土のように甘酢漬けにしないで、主に浅漬けにして、食べるときに鰹節を花鰹をふりかけ、ほんの少量の醤油をたらして食べるとメチャクチャに美味しくて、ビールはもちろん泡盛や焼酎、ウィスキーだって飲めてしまう。あ、でも、ワインには合わなかったけど日本酒はまあまあいけた(そこまで飲むか!)。

何よりもご飯にもよく合うことが島ラッキョウファンを増やしている。特に細かく刻んで花鰹と醤油をまぶしたものは、ご飯が何杯でもいけてしまう。旨い酒の肴はご飯にもよく合うといわれているだけあり、ご飯好きのボクのカアちゃん(女房のことね)はこれだけでご飯3膳は食べてしまう。ボクが他に美味しい夕食のおかずを準備しても、まず細かく刻んだ島ラッキョウでご飯を3杯食べた後、ボクの作った夕食に手をつける有様である。
島ラッキョウには体力の低下や風邪の引き始めに食べるとケッコウがよくなり体が温まり、疲労回復に効果があるといわれている。また、殺菌効果も高く味覚低下を改善する亜鉛を多く含み、食物繊維も豊富なので腸を整える作用もある。
島ラッキョウの主な食べ方としては、前述の薄塩の浅漬けがポピュラーだが、薄皮を取り除いた島ラッキョウを豆腐と一緒に炒める「ラッチョウチャンプルー」も美味しい。島ラッキョウに熱を加えることで、特有の香りが陰を潜め辛味は甘みに感じられるが、シャキッとした食感と豆腐とのバランスが食欲をかきたてる。さらに10年ほど前から居酒屋のメニューとして並ぶようになったのが、「島ラッキョウの天プラ」。きっかけはオリオンビールのCMからだった。あの江守徹が「島ラッキョウの天プラ、塩が旨い」といいつつ、オリオンビールをングング、プハーッとやったもんだから、島ラッキョウの天プラの人気に火がついて一気に広まった。
それまでボクの周りには食べた人がまったくいなかったから、島ラッキョウの天プラは多くのウチナーンチュに衝撃を与えた一品だったといえる。島ラッキョウの球の部分がホッコリとして甘くなり、サクッと揚がった衣との食感が絶妙で塩味が全体の味を引き締めて、まさにオリオンビールの美味しさを引き出す最高のつまみの一つになった。ただ、当時は上手に天プラを揚げきれてない店も多く、ベチョッと油っぽい島ラッキョウの天プラは島ラッキョウ本来の美味しさを損なうものだった。
今では一時的なブームも去り島ラッキョウの天プラも定番料理になっているが、やっぱり美味しい島ラッキョウといえば薄塩でつけた島ラッキョウである。
続きを読む
2008年05月19日
「夏の始まりはゴーヤーを食べて乗り切ろう」(嘉手川学)

5月を代表する沖縄の年中行事は「ハーリー」である。旧暦の5月4日(今年は新暦6月7日)に行われることからユッカヌヒー(4日の日)とも呼ばれ、漁村や港町では豊漁祈願の爬竜船(ハーリー)競争が行われる。現在では「那覇ハーリー」が新暦の5月3〜5日のゴールデンウィークに行われるが、多くの地域で旧暦5月4日にハーリーが行われている。
ハーリーのことと行事料理は去年もこのコーナーで詳しく書いたので、今回はハーリーではなく沖縄を代表する野菜のゴーヤーのことを書くね。
ナゼ、ゴーヤーかという、と実は沖縄では5月8日は「ゴーヤーの日」だからである。どうしてこの日が「ゴーヤーの日」なのかというと「5」と「8」で「ゴーヤー」の語呂合わせから来ていて、ベタだけどなかなかいい記念日だと思う。余談だが、沖縄ではこんなベタな記念日は多く、3月4日が「3」と「4」で「三線(さんしん)の日」、4月3日が「4(し)」と「3」で「シーサーの日」。また、4月9日が「フォークの日」で「4」を「フォー」と読むあたりが語呂合わせの極致といえる。他にも6月9日の「ロックの日」、7月5日が「名護の日」、7月8日が「那覇の日」、9月4日が「クースの日」、9月18日が「島言葉(しまくとぅば)の日」と語呂合わせの記念日のオンパレードである。こうなれば「ソーキの日」や「テビチの日」、「ナーベーラーの日」や「フーチバーの日」、「ウッチンの日」など何とか語路合わせをして記念日を制定してもらいたいものである。
いかんいかん、脱線のしすぎだ。話はゴーヤーの日に戻そう。5月8日が「ゴーヤーの日」になったのは、語呂合わせもさることながら、この時期になるとハウス栽培のゴーヤーから露地もののゴーヤーが市場に出回るからでもある。ゴーヤーは沖縄を代表する野菜であり、普通に料理され食卓に並ぶ食材であることは間違いない。食べ方も一般的なのが「ゴーヤーチャンプルー」が代表的な料理だが、薄くスライスして酢の物や和え物、サラダのトッピングなどにもする。また、厚めの輪切りにし衣をつけて沖縄風の天ぷらや、ひき肉を詰めた「ゴーヤーの肉詰め」なども人気がある。チャンプルーだけではなく煮たり、焼いたり、揚げたりできることから、最近では洋風や和風、中華風など多彩な料理が作られている。

ゴーヤーは野菜の中でもカロテンやビタミンCの含有率がかなり高く、しかもカリウムや鉄、カルシウムといったミネラルもバランスよく含まれている。最近の研究ではゴーヤーの苦味成分のモモルデシンには血糖降下作用があることがわかり、糖尿病に有効な食材として注目されている。さらに…
続きを読む
2008年04月21日
ryuQ100味4月号『サングヮチグヮーシの話』

気がつけばもう新年度の4月。去年から始まったたこの琉球百科シリーズも早一年である。ボクが担当しているこのコーナーは年中行事の料理を中心に紹介しているけれど、一年で代表的な年中行事と料理をだいたい紹介してきた。なので、今年度は前年度、行事が重なって紹介できなかった年中行事の料理を中心に、沖縄の旬の食材や季節の料理なども紹介していきたいと思う。
とういわけで、4月である。4月といえば沖縄の三大年中行事の一つであるシーミーであるが、去年、このコーナーの第1回目がシーミーだったのである。というわけで今回は旧暦3月の中でもわりと大きな年中行事の「浜下り(ハマウイ)」を紹介するね。

旧暦3月3日はサングヮチサンニチとも呼ばれ、沖縄では女の子だけに限らず若い娘を中心にすべての女性が、ヨモギ餅や色とりどりのお菓子、ご馳走などを重箱につめて海で楽しく過ごす「女の節句」である。浜辺で身を清めることから「浜下り」ともいわれている。
浜下りの始まりは、その昔、未婚の美しい娘が誰とも知らない美青年と恋におちいり、夜な夜な逢瀬を重ねているうち娘は身ごもってしまう。母親は素性の知らない男の子供を身ごもったことに困り、男の身元を確認するため娘に男と会うときに、麻糸のついた針を着物の袖に刺すよう命じた。
翌朝、母親が麻糸をたどっていくと石垣の穴に突き当たってしまい、その穴をのぞくと中には2匹のアカマタ(蛇)がいて、1匹のアカマタの尻尾には針が突き刺さっていたという。穴の中からは2匹の話し声が聞こえ、針の刺さったアカマタが「自分は人間の美しい娘に自分の子種を宿らせたので、針が抜けなくて苦しみぬいて死んでも悔いはない」といった。
すると別のアカマタが「人間は利口だからヨモギ餅を作って海辺におり、飛んだり跳ねたりして波とたわむれて遊べば、海水に清められてお腹の子種は流されてしまうかも」といった。それを聞いた母親は急いでうちに帰り、娘を連れて海に行き浜に下りると娘の体は小さなアカマタが7匹も出てきて、娘の体は海水に清められ、元の美しい体になったという。その日が旧暦3月3日だったことから、女性はこの日に浜下りをして白い波に足を浸すと災厄が払われるといわれ、浜下りが始まったという。

昔はこの日の重箱にヨモギ餅やサーターアンダギーのような味わいのサングヮチグヮーシ(三月菓子)、落雁のようなコーグヮーシ、赤寒天などのお菓子、小豆ご飯のおにぎりや赤飯のおにぎり、豚肉のごぼう巻きや魚のてんぷら、赤カマボコ、白カマボコ、赤く染めたゆで卵昆布巻き、祝いの席に欠かせない花イカといったご馳走が詰められている。
続きを読む
2008年03月17日
旧歴2月で唯一クヮッチーが、彼岸のクヮッチーだ

3月は沖縄でクヮッチーを食べるチャンスが少ない。年中行事といえるものがないわけではないが、旧暦の2月は集落単位や地域単位の大きな行事や屋敷の願い事などをして、大々的のクヮッチーを作って神様を迎えるという行事ではないからである。主な3月(旧暦2月)の沖縄の年中行事といえば「ヤシチヌウガン(屋敷の御願)」。旧暦の2月と8月の吉日(新暦だと3月11日と9月3日から数日間)に行われる行事で、自分の住んでいる屋敷の土地神様を廻り、家内安全を感謝し、家族の健康と子孫繁栄、円満な生活を願うもの。この日は朝から敷地内や屋内を掃き清め、果物や御米、御酒などをビンシーと呼ばれる小型の祭祀用具入れ、いわば携帯用御願セットと一緒に持って屋敷の四隅や井戸、玄関、便所、屋敷の中央を祈っておしまい。とくにクヮッチーなど準備せず、昼食や夕食は普段食べているメニューが食卓に並ぶだけである。
また、旧暦2月15日(3月22日)は「二月ウマチー」があるけど、穂が順調に実ることを願ってお酒を仏壇やヒヌカンに備えて五穀豊穣を願い、収穫のための物忌みを行いこれといったクヮッチーもなく、賑やかな「六月ウマチー」に比べると、どちらかといえば地味な行事である。あまつさえ、二月ウマチーそのものがない地域もある。
地味な行事といえば、旧暦の2月から4月のかけて「クシユクイ」という行事もなかなか地味な行事である。クスユクイには「腰憩い」の漢字が当てられ、もともとは田植えや種まきなど主要作物の植付けや収穫といった大きな農作業を終え、村中が申し合わせて慰労をかねて一日を休養日に当てることいっており、かつては唄三線を楽しんで豪農から酒やクヮッチーがふるまわれたという。近年では田植えだけではなく、サトウキビの収穫後に行ったりするが、今では、生活の多様化で農村部が一斉に休むこともなく、酒をふるまわれることもなくなった。が、会社単位や家族単位でこの時期に、慰労会を行ったり仏壇に手を合わたりするという。
他にも、主に旧暦2月に行われる「シマクサラシ」という行事は、集落に疫病やヤナムン、マジムン、魑魅魍魎といった悪いもの入らないように、アッチの世界とこっちの世界とに境界線を引く行事である。
続きを読む
2008年02月18日
ウチナーソーガチ(旧正月)でクヮッチーサビラ(いただきます)

新年明けましておめでとう。イーソーガチデービル(いい正月ですね)。
3月も近いというのに、「何がいい正月デービルだよ」と思った人もいるかもしれないが、沖縄で2月の大きな年中行事といえば…、そう、バレンタインデーである?!(違うよね?)
朝、お袋が島ウコー(線香)に火をつけて、ウブチダン(御仏壇)にウチャトー(御茶湯)をウサギティ(お供え)して、トートーメー(位牌)に向かって「ウートートゥ、チューヤ、ばれんたいナトーイビークゥトゥ、ワッターマナブーが、イナグングヮからマギサルちょこれーとグヮー、ウホークイーティチ、ついでにンゾーサルイナグングヮげっとナイルクトゥ、ミーマンティクィミソーリ、ウートートゥ(直訳すると、今日はバレンタインデーだから学が大きなチョコレートをたくさん貰ってきて、ついでに可愛い子もゲットできるよーに)」とご先祖様にお願いをして〜っていうか、バレンタインデーは沖縄の年中行事じゃないし、お袋もバレンタインではウートートゥしないってば!

もとい、2月(旧暦の1月)の大きな行事といえばズバリ旧正月及び関連行事である。今年の旧正月は2月7日でもう過ぎてしまったが、関連する行事では2月22日(旧暦11月16日)にグソー(後生)のソーグヮチといわれる「十六日祭(ジュウルクニチー)」、26日(旧暦1月20日)の「二十日正月(ハチカソーグヮチ)」がある。ちなみにボクが子供のころ、親父の世代は新正月を大和正月、旧正月をウチナーソーグヮチといっていた。明治になって日本が旧暦から新暦に変わったのに対し、沖縄ではずっと旧暦が生活に密着していたため、行事も旧暦を使って行っていたからそう呼んだのあろう。
そのウチナーソーグヮチであるが、今では那覇や浦添市、宜野湾市の都市部ではでほとんど見られなくなり、いわゆる「絶滅危惧行事」になっているが、それでも南城市や南風原町といった農村部では今でも旧正月を行っている。さすがに旧正月オンリーということはなくなったが、糸満市では今でも頑なに旧正月に重きをおいている家が多いという。何故かといえば糸満市は自然を相手にした漁業の町、海人の町だからでである。漁と季節が密接に関係している海では、自然の流れに密着した旧暦が必要不可欠だからといわれている。沖縄の季節は旧暦どおり動いているといっても過言ではないのである。ところで…
続きを読む
2008年01月21日
嘉手川学のryuQ100味'08年1月号(ムーチー)

新暦のお正月は過ぎたけど、沖縄の旧正月はこれからだからあらためまして今年もどうぞよろしくお願いしますね。
昨年はボクの「沖縄100味」をはじめその他の100シリーズ「琉球百科」のコーナーを読んでくれてありがとうございます。このコーナーを担当しているボクはもちろん、ボク以外の新城和博さんや小浜司さん、比嘉淳子さんたちに代わってお礼を申し上げます。
(っていうか、3人に断りなしで勝手に名前を使ってお礼のあいさつしたけど、3人とも友達だからいいよね、担当のKUWAさん)
ま、そんなわけで、今年も全力を挙げて沖縄の美味しいものを紹介するのでよろしく。
ところで、前回、沖縄では冬至の頃になると寒くなることから「トゥンジービーサ」というと書いたのだが、昨年のトゥンジーはボクの期待とは裏腹に、大陸からの寒気団の怠慢な働きせいで、北海道と東北の一部だけをちょっと冷やしただけで、ちっとも寒くなかった。むしろ太平洋からの湿った空気が流れ込み、12月としては異例の大雨が降り、冬至の当日(駄洒落じゃないよ)沖縄県地方の最高気温は25度まで上昇。トゥンジービーサどころかトゥンジーアチサ(暑さ)になっていた。ボクはあっちこっちで沖縄の季節は旧暦や24節気通りの運んでいると書いていたが、地球温暖化は沖縄にも影響しているようで、旧暦と季節感が微妙にというか大幅にずれている気がする。
それでも季節はとどまることなく巡り、さて今月の年中行事である。
1月(旧暦12月)の大きな行事といえばずばり「鬼餅(ウニムーチー)」と呼ばれる行事である。単に「ムーチー」といえば「餅」のことであるが、12月のムーチーとは「鬼餅」のことをいう。もち米の粉に水を加え練って形を整え、サンニン(月桃)と呼ばれる生姜科の植物の葉や椰子科のクバ(ビロウ)の葉、バサナイ(芭蕉)の葉などで包んで蒸したもので、一般的にはサンニンの葉が用いられ、蒸したムーチーは仏壇とヒヌカン(火の神)、神棚に供え、悪鬼払いや健康を祈願する行事として首里・那覇を中心に本島各地で行われている。ちなみにサンニンなどの包まれたムーチーのことを「カーサムーチー」といい、「カーサ」とは食べ物を包んだり盛ったりする幅の広い植物の葉のことである。
ところで、生まれて初めてムーチーを迎える赤ちゃんは「ハチムーチー(初餅)」といって、特に男の子には(現代では女の子もだけど)に大きく作ってクバの葉に包んだチカラムーチ-(力餅)と呼ばれるムーチーを持たせて、元気でたくましい男の子に育つように祈ったりしたのである。そしてさらにたくさんのムーチーを作り親戚や知人、友人、近所に配りみんなと一緒に赤ちゃんの健康と無病息災を願うのである。
今、小学校6年になる息子が生まれたときも、義理の母が息子のためにたくさんのムーチーを作ってくれたので、ボクは兄弟や親戚、友だちにムーチーを配り我が子の無病息災と健康に成長するように願うという口実を作り、飲み歩いたものである。子供の健康と無病息災を願い、父親が不健康になっていく。これもまた初ムーチーならではの大人の楽しみ方である(ウソだけど)。
ところで、ムーチーの日が沖縄に近づくころ…
続きを読む
2007年12月17日
嘉手川学のryuQ100味・12月号『トゥンジージューシー』

『ジューシー食べてトゥンジービーサを吹き飛ばそう』
早いもので、気が付けば今年もあとわずかである。
世の中では忘年会やクリスマスパーティーなどで浮かれまくっている人もいると思うけれど、何の因果かわしら商売には「年末進行」という、年末年始の社会の休みを想定して、いつもより多めに、そして長めに仕事をこなさなければならないシステムが構築されており、トナカイのように赤鼻で酔っ払うアンちゃんやオジさんのようにくだを巻き、街を徘徊しているわけには行かず、ただひたすら年末進行の原稿を書いてあるのである。
まったくもって年末の酔っ払いはうらやましい、あ、いや、妬まし、あ、ち違った、恨むべき、あちがう、憎むべき存在である。
そんなわけで、年末の酔っ払いに関する妬みや嫉みの話は置いといて、いよいよ今年も新暦では最後の月の12月、いわゆる師走である。ところで話は変わるけど、沖縄では「心配する」ことをウチナーグチ(沖縄語)で「シワスン」という、このことを良く覚えていてね。ボクが小学生のとき、親父に「何で12月は師走というの」と聞いたとき、親父は「12月は冬休み前だから仕事が忙しくなり、みんなが仕事がちゃんとできたかどうか心配するわけ、シワスルからシワス。心配でシワスル師走と覚えていたらいいよ」といわれたのである。ボクは師走の語源を知るまで、「師走はシワスルから師走」だと本気で3年以上信じていた。
ま、そんな思い出深い師走であるが、師走の行事はといえば「トゥンジージューシー」である。「トゥンジー」とは冬至、「ジューシー」とは炊き込みご飯や雑炊のことをいう。かつては12月22日の冬至になると、各家庭で「トゥンジージューシー」を作り仏壇に供え、一家の健康を祈ったあと、家族でジューシーを食べたものである。ところで、沖縄の行事でジューシーが出るのが2回ある。そのうちの一つが「トゥンジージューシー」で、もう一つが旧盆の初日、ご先祖様をお迎えする日に食べる「ウンケージューシー」で、ボクは勝手に二大ジューシー日と呼んでいる。この二大ジューシー日のジューシーだが、同じジューシーではあるがレシピは若干違う。もちろん地域や家庭によっても違いはあるが、ボクの家は生粋のナーファンチュ(那覇人)なので、標準的な那覇のジューシーだと思ってもらいたい。まず、「ウンケージューシー」は茹でた豚肉とシイタケ、ニンジン、そして重要なポイントとして生姜の葉を入れ炊き込むのである。生姜の葉が入ることでほんのりと香ばしくなり、また、生姜の香りが邪気を払い、ご先祖様と一緒にきた餓鬼やヤナムン(悪霊)などにジューシーを食べられないようにするためである。それに対して「トゥンジージューシー」は茹で豚肉とシイタケ、ニンジンは一緒だけれど、ターンム(田芋)を入れ炊き込むのである。また、「ウンケージューシー」が炊き込み御飯風のクファジューシー(ホロホロジューシー)しかないのに、「トゥンジージューシー」はクファジューシーと雑炊タイプのヤファラージューシー(ボロボロジューシー)の2つのタイプがある。ヤファラージューシーには豚肉とターンムと無地と呼ばれるターンムのズイキが入っている。

沖縄で冬至のころに北風が吹き、寒くなることを「トゥンジービーサ」という。ちなみに「ビーサ」とは「寒い」というウチナーグチの「ヒーサン」の変形活用である。「トゥンジージューシー」に入れるターンムにはカリウムやカルシウム、鉄分、ビタミンAやCを含み、胃腸を元気にし寒さに弱った体力をつけるといわれているので、「トゥンジービーサ」から本格的な冬に入る前に元気になれるよう食べる、昔のウチナーンチュの知恵である。
ところで、沖縄では最近、レトルトの「ジューシーの素」がスーパーなどで売られている。ヤファラージューシーではなく炊き込み御飯タイプのものだが、これが下手な家より数十倍も旨く、また、最近やたらと増巷に増えた沖縄料理店のような店のジューシーと同じくらい旨い(ということはその店もジューシーの素を使っている?)。
ボクのウチでは毎年、女房が二大ジューシーを作っているが、今年は仕事が忙しいので作れないという。悔しいけれどボクは「ジューシーの素」にひと手間、ふた手間加えた頓知の聞いた「トンチージューシー」を作ろうと思ったのであった。

筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売中。
2007年11月19日
嘉手川学のryuQ100味[11月号]『イナムドゥチ』
![嘉手川学のryuQ100味[11月号]『イナムドゥチ』](http://img01.ti-da.net/usr/ryuq100/ryuq100_c_0711.jpg)
嗚呼、悲しや (旧暦)十月の沖縄行事。私は何を食べればいいのだろう。
気が付いたらもう11月である。季節もいつのまにかフェーヌカジ(南風)からひんやりと冷たいニシカジ(北風)に変わり、朝晩は南国沖縄でもそれなりに涼しくなってきた。
旧暦の10月は神無月と呼ばれるよう、沖縄の神様はもちろん日本全国の神様が出雲国(島根県)に集まるため神事の行事が行われず、庶民にとって楽しみな行事行事のクヮッチー(ご馳走)がないため、食べるものが毎日代わり映えしないことから「アチハティ十月(飽き果て十月)」といわれている。ちなみに日本全国どこでも十月を神無月と呼ぶのに対し、日本中の神々が集まる出雲国では神在月と呼ばれている。十月になると出雲国中神様だらけ、まるで神様の修学旅行や一時的な集団疎開である。神様がいっぱいになることで出雲では道端にボーっと佇む神様がいたり、くだを巻いたり深夜徘徊する神様もいるのである(たぶん)。
そんなわけで、旧暦の十月は年中行事がないため、今月の100味はまったく持って何を紹介すればいいのかまったくわからず、なおかつ、ボクはいったい何を食べればいいのだ。
そう思っていてもしょうがないので、年中行事が本当にないが資料を調べてみた。すると旧暦10月1日(今年は新暦11月10日)の「カママーイ」や旧暦9月から10月の立冬の節にかけて行われる「種子取(タントゥイ)」などがとあることはあったのだが、「カママーイ」は集落ごとに行う防火祈念の行事で、集落のノロと呼ばれる神女が御嶽を巡り火事が出ないよう祈るもの。「種子取」は五穀豊穣を祈願する播種行事で、石垣島や竹富島では伝統芸能などを盛り込んだ盛大なものに対し、沖縄本島では日常的行為を禁止する物忌みの儀礼になっており、歌舞音曲が禁止され特にクヮッチーが出るものではないことがわかった。
やっぱり旧暦の十月は何もないので新暦の11月で考えようっと。
11月といえば首里文化祭や七五三、読谷まつりなどがあるが、なんといってもボクにとって大きなウェイトを占めているのがボクの誕生日である。ボクが子供のころ、誕生日といえばお袋がいつもイナムドゥチを作ってくれた。

イナムドゥチとは琉球王朝時代の宮廷料理の流れを汲む祝い料理の一つで、沖縄では家庭のお祝い事に欠かせない白味噌仕立ての汁物である。塊のまま茹でた豚三枚肉を短冊に切り、シイタケ、カステラカマボコ、コンニャクも短冊に切って、豚の茹で汁と鰹節を合わせた出し汁に一緒に入れてしばらく煮て、たっぷりに白味噌を溶き入れしばらく煮込みとろりと仕上げたものである。かつては猪肉を使っていたことから「イナムドゥチ(猪もどき)」という名がついたといわれている。
今でこそまったく料理を作らなくなってしまったが、ボクのお袋は沖縄料理が上手で、ボクの沖縄料理に対する味のルーツはまさにお袋の味に起因している、といっても過言ではない。その料理上手のお袋が作っていたイナムドゥチは絶品で、ボクは今まで食べたどこの店や料亭、家庭で食べたものよりもお袋の味が一番だと思っている。
その根拠としてボクの兄弟がもちろん、ボクのカアちゃん(女房のことね)や兄嫁たちは実家よりも美味しいと絶賛し、お祝い事でウチにきたお客さんがあまりの美味しさに作り方のレシピを教わることが多々あったからである。また、孫たちにも大好評で「お母さんが作るものより、オバァちゃんのイナムドゥチが美味しい」と食べるたびに言っていた。最近では自力で立てなくなり、食べることだけ専門になったお袋だが、イナムドゥチの味はウチにカアちゃんがちゃんと受け継いでおり、ボクは誕生日のたびに幸せなイナムドゥチ生活を送っている。
ところで、マチグヮーで最近見つけた店だけど、生粋のナーファンチュ(那覇人)の姉妹がやっている「琉球料理おきな」(那覇市松尾2-11-13 TEL.098-867-6078)という、美味しい店を見つけた。そこのイナムドゥチはお袋の味に負けず劣らぬ味わいであった。ボクの親父もお袋も生粋のナーファンチュなので、この店の昔ながらのナーファンチュならではの味わいにボクは感動したのである。

筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、5月には『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売。
2007年10月15日
嘉手川学のryuQ100味[10月号]
![嘉手川学のryuQ100味[10月号]](http://img01.ti-da.net/usr/ryuq100/ryuq100_c_0710.jpg)
10月17日は「沖縄そばの日」。業界の努力で残った沖縄の食文化を考える
夏の暑さを引きずったまま、季節は早くも10月である。とはいっても旧暦で数えると10月1日が旧暦8月21日、10月31日は旧暦9月21日である。沖縄は本土のように「暑さ寒さも彼岸まで」という季節感はなく(今年は全国的にも彼岸を過ぎて暑かったけれど)、秋の彼岸を通り越してもだらだらと暑く、沖縄の夏は旧暦の8月を過ぎても暑い日が続くのである。しかし今年は、大きな台風が3回も沖縄に来たので、周辺の海は結構攪拌され海水温も——確認したわけではないけれど——、例年に比べてそれほど高くなってないと思うので、いつもの年よりは早く、秋が来るかもしれないのである。
そんなわけで、暦の上ではしっかり秋になった今の時期の年中行事といえば、旧暦9月9日(クングヮチクニチ)の菊酒である。菊酒は元々中国から伝来した健康祈願の行事で、お酒に菊の葉を数枚浮かべた「菊酒」を仏壇やヒヌカン(火の神)に供えて、家族の健康と繁栄を祈願した。また、大工や石工、鍛冶屋や左官などは労働に大切な手足に怪我がないよう「ティーフィサヌウニゲー(手足の御願)」をして、菊酒を飲んだという。
一説によれば、気品のある菊の花や葉の高い香りが邪気を払い、病を寄せ付けないといういわれから菊酒が始まったといわれている。
が、しかし、ヒンスームン(貧乏人)だったとはいえ、生粋のナーファンチュ(那覇人)の親父や、ヤーチューヤー(鍼灸師)の家庭で乳母日傘に育ち、戦争がなければ何の苦労もなく大人になっただろう同じくナーファンチュのお袋が、旧9月9日に仏壇に菊酒をウサギテ(供えて)いるのを見たことがない。ボク自身、菊酒を知ったのは大人になってからで、りんけんバンドの照屋林賢さんから教わったのである。だから実をいうと菊酒がどのくらいメジャーな年中行事かわからない。でも、菊酒を知ってからは学校やよその家に生えている菊の葉を2〜3枚ちぎってもち帰り、泡盛に浮かべて飲んだことが何回かある。
ちなみに、ウチでは毎年菊酒をやっているという人がいたら、どんな風にしているのか教えてもらいたいものである。
もう一つ旧暦9月で大きな行事9月7日に行われる、97歳の長寿祝いのカジマヤーである。先月紹介した旧暦8月8日の88歳を祝うトーカチもマギスージ(大きなお祝い)だけど、カジマヤーはさらに盛大に行い、さらにその上を行くいわばギガスージである。ちなみにギガスージとは今思いついた言葉なので、ウチナーグチにはない。マギー(大きい)よりもっともっと大きいのでギガといっただけである。正式にいう(かどうかわからないが)とデージマギスージ(とても大きなお祝い)となる。
その、デージマギスージのカジマヤーは、最高の長寿祝いとして子や孫の子孫、ひ孫をはじめ親戚や知人、友人(同級生はほとんどいないと思うが)を招いて、場所によっては村を上げて盛大に催される、まさに人生一生に一度の大イベントである。ボクの周りではそこまで長生きした人はいないので、カジマヤーを生で祝ったことはないけれど、当事者をオープンカーに乗せ近隣の集落を回り、見た人が長寿にあやかれるようお披露目をする、カジマヤー最大のメインイベントに遭遇したことはある。花や風車にデコレートされてゆっくりと歩く速度で走るオープンカーに乗せられたオバァが手にカジマヤー(風車)をもって、ニコニコしながら嬉しそうに手を振っているのが印象的で、それを見ただけでボクも長生きできそうな気がしたものである。

さて、ここまで書いて食べ物の話が出てないのに気がついた。
本題はこれからである。今年のカジマヤーが行われる旧暦9月7日は新暦の10月17日である。この10月17日はウチナーンチュにとって忘れてはならない記念すべき日である。その記念すべき日とはずばり「沖縄そばの日」である。
沖縄そばの日についてはだいたいの人は知っていると思うが、あえておさらいするとしよう。ボクはそばジョーグ(上戸)で週に一度は沖縄そばを食べている。9月は雑誌の取材で沖縄そばを10日で15軒取材してほとんどの店で完食するほどである。その沖縄そばが今から31年前、この世から抹消されようとしていたのである。
今でこそ沖縄そばが「沖縄そば」の名称で呼ばれているが、沖縄が本土に復帰した4年目の昭和51年、公正取引委員会から「蕎麦粉が30%以上混入していないものをそばと表示してはいけない」といわれ、昔から食されてきた沖縄の「そば」は風前の灯となり、名前のない麺となるところであった。が、しかし、昭和50年に設立された「沖縄県生麺協同組合」は、沖縄の「そば」は戦前より県民に「そば・すば」として親しまれてきた、歴史ある呼び名であり、「そば」の名称の残すよう努力した。東京の公正取引委員会の本庁や全国製麺協同組合連合会の会長に会い、沖縄の食文化を語りやそばの歴史をかたり、雨の日も風の日も雪の日も、通い続けて沖縄そばの名称の存続を訴え続けたのである。
そして、折衝開始から3年目の昭和53年に「全国生めん類公正取引協議会」において、特殊名称「本場 沖縄そば」の登録が認められたのである。沖縄そばの名称が正式に承認され登録された日が10月17日だったことから、平成9年10月17日に「沖縄そばの日」となったのである。
今では一日に15万食以上、まさにウチナーンチュのソウルフードとなった沖縄そば。毎年この日になるとボクは、当時の業界の人たちの苦労を思い、感謝の気持ちを忘れずに沖縄そば屋の食べ歩く、巡礼の旅に出るのであった。

筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、5月には『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売。
2007年09月17日
嘉手川学のryuQ100味[9月号]

八月十五夜は中秋の名月。そこで一句。「名月にウサギ 食べるはフチャギかな」
名月を詠ったわりにはちょっと寸足らずな内容になったが、ちゃんと五・七・五になっているので勘弁願いたい。って、誰の勘弁してもらうつもりなのボクは……。
ま、そんなことはさておいて、もう9月である。
あの、狂気(凶器)なような猛暑、酷暑が続いた7月や8月に比べれば、9月の暑さは、暑さの中に少しだけやわらかな空気が混ざり、横暴だった夏の暑さが少しずつおとなしくなる、そんな感じの暑さでもある。
9月といえば17日の「敬老の日」と23日の「秋分の日」が一般的な祝日ということになっているけど、沖縄の年中行事では旧暦8月8日(今年は新暦の9月18日)に88歳の長寿を祝う「トーカチ」が行われる。八十八歳といえばいわゆる米寿の祝いのことであるが、本土での米寿に祝いがどういうもものか知らないけれど、沖縄のトーカチはバーキと呼ばれる平らな籠や木製のタライに八升八合(地域によって異なるけど)の米を盛り、そこに八寸の竹製斗掻き(とかき)差して飾り立て、お祝いに来た人にその斗掻きを配る行事である。ちなみに斗掻きとは枡に入った米や穀類を計るときに枡の縁に合わせて平らにする道具のこと。その斗掻きにトーカチを迎えた本人の名前と「寿」の文字が書かれており、斗掻きを貰うことで長寿にあやかるという儀式である。この日に食べるものは特に決まっていなく、とにかく祝いに駆けつけて人にクヮァッチー(ご馳走)を大盤振る舞いするのが慣わしである。
また、旧暦8月9日から11日までの3日間は「シバサシ(柴差し)」と呼ばれる物忌みの行事が行われる。旧暦の8月になるとマジムン(幽霊や妖怪、魔物の類)などのヤナムン(悪霊や悪いもの)が村々を徘徊するため、ススキを桑の枝に結びつけた「シバサシ」または「ゲーン」と呼ばれる魔よけを作り、門や家の四隅、庭や軒先、カマドや田畑などに差し魔を払う行事で、仏壇やヒヌカン(火の神)、神棚にカシチー(小豆入りのおこわ)を供えて家内安全を願った。ボクが子供のころは那覇に住んでいるボクの家や近所でも普通にシバサシが行われていたが、沖縄が本土に復帰する前の建築ブームで、どの家も鉄筋コンクリートの2階建ての家になったとたんなぜか行われなくなった。
で、シバサシの時には何を食べたかというと、仏壇に供えたカシチーを食べたのである。カシチーはシバサシのときだけではなく、結婚式や正月などお祝いの行事よく出るので、特別食べたい料理ではないが、あると嬉しい料理(というかご飯だけど)でもある。
では、ボクが紹介したい旧暦8月の行事の食べ物はなにかというと、それは旧暦8月15日に行われる「八月十五夜」で食べる「フチャギ」である。
旧暦8月15日はご存知のとおり中秋の名月で、一年のうちで最も月が美しい季節である。沖縄ではこのころ、月光の下「村芝居」や「八月遊び」「村踊り」「十五夜遊び」「豊年踊り」と地域によっていろいろな名前で呼ばれる、豊作を神に感謝するともに村人が祝う祭りが行われる。そして十五夜の日にはヒヌカンや仏壇、神棚に「フチャギ」と呼ばれる小豆をまぶした餅が供えられるのである。
実はこの「フチャギ」、ボクは子供のころから大好きで、八月の行事の食べ物は「フチャギ」だけで充分だと思うくらいである。

「フチャギ」はモチ粉をこねて俵型というか厚めの小判型に形を整え蒸して、塩茹でした小豆をモチが熱いうちにまぶしたもので、昔はボクの家でもお袋が作っていたが、今では十五夜の時期になるとスーパーやお店などで売られるようになっている。かつては神仏に「フチャギ」を供えることで五穀豊穣や豊作に感謝し、次の年の豊作を願ったという。
ボクはフチャギの塩茹でした小豆が大好きで、仏壇に供えられたフチャギの見えない底の部分の小豆を全部つまみ食いしてお袋に叱られたこともあった。フチャギはそのまま食べると味があまりないので、ボクは砂糖をかけたり砂糖醤油をつけたりして食べるのが好きだった。今とは違い、行事のお菓子はその時期にならないと食べられなかったので、子供のころは十五夜のフチャギが一年に一回の楽しみでもあった。
しかしよーく考えてみると、実はボク、モチはあまり好きではないのである。
中学生のころまでは確かに好きだったけど、高校のときに3カ年間、毎年クリスマスの翌々日から大晦日まで和菓子をやっている同級生の家で、伸し餅や鏡餅など一日に何百個も作るバイトをしたことで、モチを敬遠するようになった。朝7時から夜10時ごろまで15時間労働で、おやつや間食にモチの食べ放題と甘い言葉に乗せられていうバイトをしたのである。以来、ボクはモチはあまり好まなくなった。それでも、フチャギだけは今でも何とか食べるのは、ボクは何よりも豆類が大好きで、豆の入ったものなら料理でもお菓子でも好きだからである。
だから、ボクがフチャギ好きなのは、モチが好きだからではなく、豆好きだから食べていたのであった。ちなみに、小豆アンに包まれたオハギやボタモチもケッコウ好きである。
旧暦八月の行事料理は誰がなんといおうと「十五夜」に食べる「フチャギ」である。

筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、5月には『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売。
2007年08月20日
七月エイサー、スリサーサー。クヮッチー食べてエイサーを見よう

梅雨が明けたとたん強烈な太陽が容赦なく照りつけ、連日連夜、真夏日と熱帯夜が続く沖縄県。ただ暑いだけではなくおよそ2年半ぶりに沖縄本島を直撃した台風は、7月としては観測史上最大で最強で、ボクのウチの窓から見える大きなナンヨウスギの木が2本、途中からポキリと折れてしまい、折れた幹と枝がユラユラ揺れていた。幸いなことにナンヨウスギの周りは畑ばかりで、風にあおられて木の枝が人家の窓を破るような被害はなかったけれど、折れた幹を持ち上げる風のパワーには、台風のすさまじさを知っているウチナーンチュのボクでさえ驚かされる出来事であった。
で、普通なら台風が過ぎたら割と涼しい日が数日続くはずなのだが、今年の台風はいつもと違い、ぐずぐずした天気が長引きジメジメと湿度と気温の高い、不快指数バリバリの全開という天気がしばらく続いたのである。その後は、また、強烈な太陽が容赦なく照りつけ、連日連夜、高温多湿の真夏日と熱帯夜が続いた7月であった。
というわけで8月である。
8月の沖縄もやっぱり暑い。暑いけれど体が「毛穴全開。夏、8月モード」になっているので、7月以上に暑いが、わりと平気な日々を送っている。何よりもゴーヤーとナーベーラーを連日のように食べているので、夏バテにも今のところなっていない。さらに、旧暦に7月には沖縄の年中行事の中でも最大で最強の行事、「旧盆」が待っているから夏バテになるヒマもないのである。旧盆は旧暦7月13日のウンケー(精霊迎え)に始まり、15日(地域によっては16日)のウークイ(精霊送り)に終わる行事で、トートーメー(ご先祖様の霊を祀る位牌のこと)のある親戚を周り、ウートートゥ(ご先祖や神様を拝むときに最初に言う言葉。転じて手を合わせて拝むことをいう)した後、ビールや泡盛を飲みながらクヮッチー(ご馳走)を食べて、親戚との親交を深める、沖縄では正月と並んで重要な異業種交流ともいえる。
今年の旧盆は新暦の8月25日、26日、27日である。

ところで、旧盆に食べるクヮッチーといえば、初日が「ウンケージューシー」と呼ばれる炊き込みご飯のようなものである。旧7月13日の夕方になると一族郎党玄関から出て、提灯をともすとウートートーしてご先祖様をウンケー(お迎え)。スイカやパイナップル、ミカンやバナナといった果物や、餅やクンペン、花ボールなどの沖縄の伝統菓子を供えた仏壇のトートーメーにご先祖を招いたあとウンケージューシーを供え、「無事にお盆を迎えることができた」と一族でウートートーし、それからしばらくしてみんなでウンケージューシーを食べるのである。ちなみに大別すると沖縄にはジューシーというものが炊き込みご飯系と雑炊系の2種類のジューシーがあり、
続きを読む
2007年07月16日
スクスク育つ前のスクをスクって食べよう

先月6月18日は旧暦5月4日のユッカヌヒーで、県内各地の漁村では大雨のなかハーリー(糸満市ではハーレーというけど)が行われた。前回、このコーナーでボクは、沖縄では「ハーリー鉦が鳴り響くと梅雨が明ける」と書いたが、ハーリーの当日は大雨であったにもかかわらず、ハーリーが始まる頃にはやや小降りになり、終わる頃には小雨となった。そして夜には星も出て、さらに翌日には空は晴れ上がり、なおかつ梅雨前線まで消滅していたので、ボクは、さすがというか、梅雨前線まで消してしまう「ハーリー鉦の威力、恐るべし!」と思った。ウチナーンチュならば梅雨が明けるとハーリー鉦が梅雨を追い払ったと思うけど(かどうかはしらないが)、情報社会の現代では某国の諜報部あたりが梅雨前線を消滅させたハーリー鉦に目をつけ、兵器として利用しないか心配である。願わくば、ハーリー鉦が平和利用されることを念じてやまない今日この頃である。
で、何が言いたいのかといえば、早い話、ハーリー鉦が響いたら梅雨が明けた沖縄は、旧暦の年中行事どおりにちゃんと動いているなぁと、ちょっと自慢したかっただけである。あ、それから、6月の22日は夏至だったので、沖縄ではカーチーベー(夏至南風)が吹いて、むせるような夏の香りが風の中に含まれていたよ、とも言いたかったのである。
というわけで7月の行事である。新暦では7日の七夕があるが、旧暦6月の行事では6月15日の「六月ウマチー」(新暦7月28日)、6月25日(新暦の8月7日)の「強飯折目(カシチーウイミ)」がある。「六月ウマチー」とは「稲大祭」と呼ばれる稲の収穫祭で、稲の豊作を感謝して、神様に「五月ウマチー」と同じように収穫した五穀やミキと呼ばれるお粥を醗酵させた飲み物、泡盛、ウサチ(酢の物や和え物のこと)を供えるという。また、「強飯折目」は「六月カシチー」とも呼ばれ、各家庭で新米の糯米で作った強飯(カシチー)とお汁を作りヒヌカン(火の神)や仏壇に供えて豊作を感謝するという。
とはいっても、どちらかといえば子どもの頃から年中行事を欠かさなかった我が家ではナゼか「六月ウマチー」や「六月カシチー」をやった記憶がない。「五月及び六月ウマチー」がどちらかといえば国家的プロジェクトとして公の農耕儀礼として行われており、「六月カシチー」は農家を中心とした行事だったこともあり、那覇の貧しい士族の流れを汲む我が家としてはあまり関連性のない年中行事だったからではないかと思われるのである。それから、最近では「ウマチー」も「カシチー」も我が家だけでなく、ほとんどの家で関係なくなってきているのである。
というわけで、今月もボクは紹介する食べ物はどうするか悩んだのである。この悩んだ現状を誰かに救ってもらいたいと思ったとき、「救って、救う、スクう、スク」と考えたところで「ピーン」と閃くものがあった。「そうだ、今月はスクを紹介しよう」何しろスクは毎年、旧暦5月25日から6月25日前後の大潮になると、沖縄近海のさんご礁の浅瀬の海に大群をなしてやってくるからである。
海の色が変わるほどのスクの大群がやってくると、ウミンチュはもちろん、海のそばに住む勤め人や農業人も、どんな仕事をしていてもほったらかして海に飛び出していき、力を合わせてスク漁に勤しむからで、スク漁は今のシーズンというか、初夏の風物詩ともいわれているからである。ちなみにスクとはアイゴの稚魚のことで、浅瀬の藻を食べたとたん磯臭くなり、スクとしての味わいや風味が劣り、商品としての価値もなくなってくる、まさに季節限定、かつてはウミンチュ限定の夏の初めの味わいともいえる食べ物であった。 続きを読む
2007年06月18日
夏の始まりにはナーベーラーンブシーを食べよう

6月といえば本土では梅雨入りシーズンだが、沖縄では梅雨が明けて本格的な夏の始まりである。梅雨のことをウチナー口(沖縄語)では「スーマンボースー」といい、その意味は1年を24節気に分けた季節の区分の中の「小満」と「芒種」から来ている。スーマンボースー(小満芒種)の時期は、本土が移動性高気圧に覆われて、さわやかな五月晴れが広がるのに対し、移動性高気圧のヘリに当たる沖縄県地方は、東西に延びた前線と南からの湿った風の影響で雨の日が続く季節になるのである。
ただ、上空の前線への湿った風の流入は間欠的なので、沖縄では梅雨入りしても雨はしとしと降ることはなく、「降るときは降る、降らないときは降らない」と大雨と晴れてはいるが湿度の高い日が交互にやってくるのが、沖縄の梅雨の中盤までの特徴といえる。そして梅雨前線が本格的に活動してくる6月中旬ごろになると雨は最盛期を迎え雨量は増えるのであるが、今度は太平洋高気圧が張り出してくるため、しとしと雨を降らす梅雨前線は北上してしまい、沖縄では長雨のないまま梅雨は終わるのである。ちなみに太平洋高気圧が張り出すころに吹く風を「カーチーベー」といい、漢字で書くと「夏至南風」となる。沖縄では「夏至」の前後から吹き出す「カーチーベー」が梅雨を追い払い、本格的な暑さが始まるともいわれているのである。ところで梅雨が明けるといえば、沖縄では「ハーリー鉦が響くと梅雨が明ける」ともいわれている。今年、ハーリーが行われる旧暦5月4日は6月18日。例年の梅雨明けが6月23日といわれているので、「ハーリー鉦が……」というのはあながち間違いではない。
さて、ここからが本題ね。
毎月、沖縄の年中行事とそれに関する食べ物を紹介するこのコーナーだけど、今月の大きな行事はハーリーしかない。が、ハーリーと「ユッカヌヒー」に食べるポーポーやチンビンの話は先月書いたので、残る6月(旧暦5月)の行事は29日の「5月ウマチー(旧暦5月15日)」しかない。「5月ウマチー」は豊作を祈願する稲穂祭りで、ミキと呼ばれるお粥を醗酵させた飲み物や、泡盛、ウサチ(酢の物や和え物のこと)を祖霊に供えた。
で、今回、このコーナーで紹介する伝統料理がミキや泡盛、ウサチだけではあまりにも淋しいので、夏の始まりに出回る旬の野菜とその食べ方を紹介しよう。

沖縄を代表する夏の野菜といえば、今や全国区となったゴーヤーがあげられるが、沖縄では重要な夏の野菜として、ゴーヤーに負けず劣らず愛され食べられているのが「ナーベーラー」である。「ナーベーラー」とはヘチマのことで、夏になると夏バテ防止として、あるいは暑さに負けた体に優しい料理として「ナーベーラーンブシー」を食べているのである。ちなみにンブシーとは、
続きを読む
2007年05月08日
ユッカヌヒーのチンビン・ポーポー、グングヮチグニチのアマガシ

今回で2回目のこのコーナー。沖縄の年中行事とそれに関連する料理や食べものを紹介しようと思っている。が、しかし、5月にどんな食べ物を紹介するか困ってしまった。別に5月にイベントや年中行事がないわけではない。5月3日から5日までの「那覇ハーリー」が行われ、5月8日は「ゴーヤーの日」で、5月15日の「沖縄本土復帰記念日」になっている。
今年の5月は、旧暦だと3月15日から4月15日までで、昔からの年中行事としては「海留・山留(うみどめ・やまどめ)」、「アブシバレー(畦払い)」などしかない。ちなみに「海留・山留」は旧暦4月1日から5月の晦日まで海や山に入ることを禁じた、いわば物忌みの期間である。この時期は稲や麦の成熟期で、この間、太鼓などの鳴り物を鳴らしたり山に入り木を切ったり、川で魚を獲ったり、女性が海で遊ぶことを禁じた。もし禁を犯すと大風が吹いて凶作になったり、害虫が増えたり神ハブに噛まれるという。ではなぜ「海留・山留」の行事が生まれたかというと、この時期は野鳥や動物の繁殖期や草木の生育期、魚類の産卵期にあたるため、自然を保護する意識があったのだといわれており、自然を大切にしていた昔のウチナーンチュ(沖縄の人)の生きる上の知恵だったのである。
また、「アブシバレー」は旧暦4月14日、15日ごろ主に農村部で行われた行事。田畑の作付けのあと畦の除草を行い、害虫を駆除して豊作を祈願した。琉球王朝時代にはこの行事を重要視し、城中でも公務として害虫駆除を行う儀式があったという。海の近い農村では田畑に害をなすイナゴやネズミなどを捕獲して、芭蕉やアダン、クワズイモの葉などを船に見立てて海に流したという。人間の世界では害をなすものでも、海の彼方にある楽土のニライ・カナイでは仲良く暮らせるからという思想からで、そのために害虫を乗せた船には食べものやお土産まで持たせる地域もあったという。この日は畑仕事を休み、クファジューシー(炊き込みご飯)を食べたという。
ま、そんなわけで、新暦5月の年中行事だと食べものの話もクファジューシーだけで終わりそうなので、今月は旧暦5月の「ユッカヌヒー」と「グングヮチグニチ」に食べる「ポーポー」と「チンビン」、「アマガシ」の話をしよう。長い前振りのあと、やっと本題突入である。
ところで、今回の見出しを読んでピンと来た人はほとんどがウチナーンチュだと思うが、もし沖縄県外の人ならかなりの沖縄通である。しかし、悲しいかなウチナーンチュでも30代以下になると意味がわからないという人も多いのも事実である。
ユッカヌヒーとは旧暦5月4日、グングヮチグニチとは旧暦5月5日のこと。ユッカヌヒーは現在でも県内各地でハーリーと呼ばれる(糸満だけはハーレーという)豊漁祈願と海の安全を願う爬龍船競漕が行われる。戦前までは首里や那覇をはじめ、各地のハーリー会場で玩具の市が立ち、子どもたちは年に一度だけこの日に玩具を買ってもらったという。玩具市ではないが、ボクが小学生のころ、昭和40年ぐらいまで平和通りの玩具屋さんや雑貨屋では、ユッカヌヒー前後になると店先に玩具をいっぱいぶら下げて、ハーリーセール(?)をやっていた。もっとも当時、那覇のハーリーは戦時下に途絶えたままで、その日がハーリーに関係するということは知らなかった。
続きを読む
2007年04月10日
シーミーに食べるしーみじみと旨いシーミー料理

4月といえば新年度。新年度といえば新しいシリーズのスタートである。
そしていよいよ始まりましたこのコーナーも。ボクは自慢じゃないけれど、沖縄の食べものに案外詳しい。ナゼ詳しいかというと、ボクのお袋は料理上手で沖縄の年中行事にあわせて行事料理を作り、チャンプルーやンブシー、テビチ汁やソーキ汁、イナムドゥチといった昔ながらの沖縄料理を作っていた。というか、お袋の作る料理といえば沖縄料理しかなかったので、普段からそれを食べていたので必然的に詳しくなっていったのである。
沖縄料理が上手だったとはいえ、裏を返せば沖縄料理以外はからっきしで、ボクの記憶に残っている限り、それ以外の料理で食べたのはカレーライスでしょう、それからエート、ライスカレーでしょう、オリエンタル・マースカレーでしょう、ウーン、カレー以外はまったく記憶がない。まあ、そのくらいボクには沖縄料理が血となり肉となっているのである。
そんなわけで、このコーナーではボクの知っている限りの知識を総動員して、沖縄の食べ物について書いていくので「ユタシク ウニゲーサビラ(よろしくお願いします)」。
さて、4月である。春4月といえば入学、進学、入社と新しい門出であるが、沖縄ではそれよりも重要な年中行事が待っている。4月といえば春はもうとっくに過ぎて「うりずん」の季節である。「うりずん」についてはおいおい説明するとして、とにかく沖縄で4月は新入学の季節ではなく、重要な行事の「シーミー(清明祭)」のある季節なのである。シーミーとは二十四節気の清明節に行われる祖先供養の行事で、正月と旧盆とあわせて沖縄の三大行事の一つといわれている。シーミーはもともと中国伝来の行事で、清明節に墓前に門中(一族郎党)が集まり、線香を焚き、餅や重箱料理の御三味(うさんみ)、お菓子や果物、お酒を供え、みんなで線香を焚いて手を合わせてご先祖を供養したあと、クヮァッチー(ご馳走)をウサンデー(下げて)してみんなでその料理を食べたり飲んだりしたものである。いわば親戚が一堂に会する宴会と近況報告会も兼ねているのである。

ちなみに墓前に供えた御三味(重箱料理)の中身は魚の天ぷら、揚げ豆腐、豚三枚肉の煮しめ、昆布、ゴボウの煮付け、コンニャクの炒り煮、大根の煮付け、田芋の唐揚げ、赤カマボコ、カステラカマボコなどが入っていた。詰める種類や内容は各家庭によって違うけど、だいたい上記の料理から5品、7品、9品のいずれか奇数で詰められていた。
続きを読む
カテゴリー
最近の記事
ryuQ100歌7月号「新垣さゆり、照屋政雄」編 (7/14)
「白花が美しい『イジュ』も…」(比嘉淳子) (6/23)
「島ラッキョウ食べて、ラッキーラッキー」(嘉手川学) (6/16)
「エンマ様の庭木に“相手を思う樹”を」(比嘉淳子) (5/26)
「夏の始まりはゴーヤーを食べて乗り切ろう」(嘉手川学) (5/19)
ryuQ100歌5月号「玉城一美、金城洋子」特集 (5/12)
過去記事
最近のコメント
kanar / 3つの『十九の春』
きよた / 『造型の彼方』清田政信著ひ・・・
三角食堂 / 嘉手川学のryuQ100味'08年1月・・・
pop / 正月のあやぐ/国吉源次 (ryu・・・
渡邊康志 / 「飛び出る沖縄県産本」
最近のトラバ
菊酒-旧暦9月9日 (10/19)
お気に入り
ブログ内検索
QRコード

Information
読者登録
プロフィール
ryuQ編集室
お勧め商品





日本の地域ブログ大集合!津々浦々の美味い・楽しいがここに!