ryuQ HOME > 琉球百科シリーズ

2007年11月26日

ryuQ100花・11月号『まんじゅしゃげ』

まんじゅしゃげ
まんじゅしゃげ。別名は、彼岸花、毒花、幽霊花、地獄花、死に花、しびれ花…たくさんの名前を持つこの花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。毎年、お彼岸の頃に合わせた様に咲くので、一般には「彼岸花」で知られています。
私は、山口百恵さんの歌でこの花を知り、夜空に花火が打ちあがったような花姿に、歌も相なって魅了されました。
でも、私なら「お祭り花」とか「花火花」とか「キャンプファイヤー花」とかつけちゃうのに…なぜ、こんな怖いネーミングがされているのでしょう。

まんじゅしゃげ実は、よくご覧下さい。
スーっとのびた茎に葉っぱが見られないでしょう。
秋雨が降り始め、朝夕の気温が落ち始めたころ、地中からスウっと茎を伸ばしはじめ、急激に成長したと思ったら、パッと花を咲かせます。5日ほどで花が終わると、今度はスウっと葉がのびてきます。そして、葉だけの姿がしばらく続くのです。
普通の植物と逆の過程なので、まるで時間を遡っているかのようです。

そのプロセスが「あの世」と「この世」を彷彿させたのかもしれません。
全草にわたり有毒で、特に鱗茎に「リコリン」というアルカロイドを含む植物です。
花の終わった後の葉だけの姿がニラやアサツキに似ており、間違えて食した人が吐き気や下痢、重症になると痺れなどの中毒を起こすケースもあるそう。子供たちが被害をこうむらないように炎のような花姿を利用して「この花を触ったらやけどするよ!ホラ、アッチッチ!」と、言い聞かせたくらいだそうです。

ここで気づいたのですが、名前って、その固体の注意を喚起する隠語のときもあるんですね。不気味なネーミングで注意を促す。理屈をこねられるよりも脳みそに直球で注意書きがインプットされるようじゃありませんか。最近の注意書きの洪水には、辟易するところがありますが、ネーミングで食指を折る技って、昔の人たちがいかに想像力たくましくそして、道徳心があったかを証明するものであります。

しかし、こんな毒も使いようで、ネズミやモグラ、害虫を忌避させる効果をねらって田んぼや畑のあぜ道に植えられたっていうんだから、人もさるもの。
この、仏花として供えられるまんじゅしゃげ。炎のような赤い花は、ながめているだけで悪行から離れられるといいます。「まんじゅしゃげ」とは「天界に咲く花」という意味で、吉兆時には天から降ってくるそうです。
田んぼや畑に咲き誇り、恵みの「口福」をもたらせてくれる花なのかもしれません。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年11月19日

嘉手川学のryuQ100味[11月号]『イナムドゥチ』

嘉手川学のryuQ100味[11月号]『イナムドゥチ』
嗚呼、悲しや (旧暦)十月の沖縄行事。私は何を食べればいいのだろう。

 気が付いたらもう11月である。季節もいつのまにかフェーヌカジ(南風)からひんやりと冷たいニシカジ(北風)に変わり、朝晩は南国沖縄でもそれなりに涼しくなってきた。

 旧暦の10月は神無月と呼ばれるよう、沖縄の神様はもちろん日本全国の神様が出雲国(島根県)に集まるため神事の行事が行われず、庶民にとって楽しみな行事行事のクヮッチー(ご馳走)がないため、食べるものが毎日代わり映えしないことから「アチハティ十月(飽き果て十月)」といわれている。ちなみに日本全国どこでも十月を神無月と呼ぶのに対し、日本中の神々が集まる出雲国では神在月と呼ばれている。十月になると出雲国中神様だらけ、まるで神様の修学旅行や一時的な集団疎開である。神様がいっぱいになることで出雲では道端にボーっと佇む神様がいたり、くだを巻いたり深夜徘徊する神様もいるのである(たぶん)。

 そんなわけで、旧暦の十月は年中行事がないため、今月の100味はまったく持って何を紹介すればいいのかまったくわからず、なおかつ、ボクはいったい何を食べればいいのだ。

 そう思っていてもしょうがないので、年中行事が本当にないが資料を調べてみた。すると旧暦10月1日(今年は新暦11月10日)の「カママーイ」や旧暦9月から10月の立冬の節にかけて行われる「種子取(タントゥイ)」などがとあることはあったのだが、「カママーイ」は集落ごとに行う防火祈念の行事で、集落のノロと呼ばれる神女が御嶽を巡り火事が出ないよう祈るもの。「種子取」は五穀豊穣を祈願する播種行事で、石垣島や竹富島では伝統芸能などを盛り込んだ盛大なものに対し、沖縄本島では日常的行為を禁止する物忌みの儀礼になっており、歌舞音曲が禁止され特にクヮッチーが出るものではないことがわかった。

 やっぱり旧暦の十月は何もないので新暦の11月で考えようっと。
11月といえば首里文化祭や七五三、読谷まつりなどがあるが、なんといってもボクにとって大きなウェイトを占めているのがボクの誕生日である。ボクが子供のころ、誕生日といえばお袋がいつもイナムドゥチを作ってくれた。
イナムドゥチ
 イナムドゥチとは琉球王朝時代の宮廷料理の流れを汲む祝い料理の一つで、沖縄では家庭のお祝い事に欠かせない白味噌仕立ての汁物である。塊のまま茹でた豚三枚肉を短冊に切り、シイタケ、カステラカマボコ、コンニャクも短冊に切って、豚の茹で汁と鰹節を合わせた出し汁に一緒に入れてしばらく煮て、たっぷりに白味噌を溶き入れしばらく煮込みとろりと仕上げたものである。かつては猪肉を使っていたことから「イナムドゥチ(猪もどき)」という名がついたといわれている。

 今でこそまったく料理を作らなくなってしまったが、ボクのお袋は沖縄料理が上手で、ボクの沖縄料理に対する味のルーツはまさにお袋の味に起因している、といっても過言ではない。その料理上手のお袋が作っていたイナムドゥチは絶品で、ボクは今まで食べたどこの店や料亭、家庭で食べたものよりもお袋の味が一番だと思っている。

 その根拠としてボクの兄弟がもちろん、ボクのカアちゃん(女房のことね)や兄嫁たちは実家よりも美味しいと絶賛し、お祝い事でウチにきたお客さんがあまりの美味しさに作り方のレシピを教わることが多々あったからである。また、孫たちにも大好評で「お母さんが作るものより、オバァちゃんのイナムドゥチが美味しい」と食べるたびに言っていた。最近では自力で立てなくなり、食べることだけ専門になったお袋だが、イナムドゥチの味はウチにカアちゃんがちゃんと受け継いでおり、ボクは誕生日のたびに幸せなイナムドゥチ生活を送っている。

 ところで、マチグヮーで最近見つけた店だけど、生粋のナーファンチュ(那覇人)の姉妹がやっている「琉球料理おきな」(那覇市松尾2-11-13 TEL.098-867-6078)という、美味しい店を見つけた。そこのイナムドゥチはお袋の味に負けず劣らぬ味わいであった。ボクの親父もお袋も生粋のナーファンチュなので、この店の昔ながらのナーファンチュならではの味わいにボクは感動したのである。


筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、5月には『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売。
  

2007年11月12日

ryuQ100歌11月号/夫婦節/貴島康男

ryuQ100歌11月号/夫婦節/貴島康男
「夫婦節」マルフクレコード KF-60 1974
 昭和10年、普久原朝喜作とされる(録音は16年か?)「夫婦節(みいとぅぶし)」は男女掛け合いの元祖的ラブソング;
♪かやぶちややてぃん(茅葺のボロ屋でも)頼む思里がかなさすんやりば(貴方の大きな愛があれば)我ンネー イッペー 果報ナムン(私は本当に幸せです!)
玉城安定、兼島米子のデュエットのこの歌は戦後最大のヒット曲の一つ「二見情話」のB面として発売され、両面とも好評を博した。「二見情話」はその後いろいろな歌手によって歌われているが「夫婦節」はあまり歌われていないのは何だかもったいない気がする。古き良き沖縄のノスタルジーを喚起させることは民謡という歌の力といえよう。
♪里と語らいば 心配事ん忘て
 交わす云言葉ん 嬉し事びけい

「夫婦船」マルフクレコード KF-103 FF-11
 “夫婦”ものといえば「夫婦船(みぃとぅぶに)」とイメージするほどに聞かれ歌われている。民政府発行「今日の琉球」(昭和38年)紙上でハワイ在住の比嘉盛勇作詞の「夫婦船」の作曲募集に亀谷朝仁が応募して採用されたのがこの楽曲である。当時女性歌手の人気、実力とも代表格の石原節子がレコーディングしてたちまちにして大ヒットとなる。後に亀谷朝仁本人も録音して氏自身の代表曲の一つとなっている。今では結婚式などではもちろん、カラオケなどでも最も歌われる歌の一つであることは言うまでもなさそうだ。

「ピンポンズ/おかげさんです。LIVEです」奄美レコードAMAMI-0001
 大阪の琉球フェスティバルの会場で久しぶりに貴島康男に会った。相変わらずのやっぱり貴島康男であった。沖縄でライブしようと約束して、早速日程を調整。12月1日(土)に決定した。ここに紹介するのは貴島康男がバンマスをつとめる「ピンポンズ」の2003年のライブCDである。奄美レコード第一弾とうたわれている。“奄美レコードとは?島ッチュの島ッチュによる島ッチュのためのCDレコード会社”とCDの帯にある。その帯にいう
“若手ナンバー1の貴島康男と奄美の若者が作ったピンポンズ!
 あっという間に人気者!これが奄美の今だ!奄美に未来だ!
 泣かせます!笑わせます!躍らせます!どか〜んと聴いてちょうだい!”
発売当時どか〜んと聴きました。今回大阪より戻り聴きました。いやー貴島康男は凄い!


筆者プロフィール:小浜 司(こはま つかさ)
沖縄県国頭郡本部町出身。幼少期を那覇市で過ごし、中学以降宜野湾市に遊ぶ。大学卒業後ヤマトへ。季節工などの底辺労働に従事しながら、アメリカ、東南アジア、中国、アラブの国々を旅する。沖縄に帰り、クリーニング屋の経営をしながら大城美佐子や嘉手苅林昌のリサイタルなどをプロデュース。「風狂歌人」(嘉手苅林昌)や「絹糸声」(大城美佐子)など沖縄音楽CDを多数製作。2002年、国際通りに島唄カフェまるみかなーを開く。2004年沖縄音楽デジタル販売協同組合に参画しインターネット三線教室を始める。2006年、拠点を壺宮通り(那覇市寄宮)移し、島唄カフェいーやーぐゎーを開店。沖縄音楽の音源や映像の楽しめる店として好評を博している。
島唄カフェいーやーぐゎーHPhttp://www.ryucom.ne.jp/users/iyagwa/
  
続きを読む

2007年11月05日

「飛び出る沖縄県産本」

飛び出る沖縄県産本
 そういえば、今更だが、ワタクシ「沖縄県産本」とはそもそも一体なんぞや、ということを話していましたでしょうか。どれどれと、この連載の最初の方から見てみましょう(今年の4月から始まっているのだ)……説明してないですね。これ、大切なことなんです。

 そもそもこの「沖縄県産本」という言葉は、我々が提唱した造語だ。我々とは「沖縄県産本ネットワーク」である。県内の版元が集まった任意の団体だ。

 沖縄に関する本はたくさん出ているが、地元の出版社の本をアピールするために、敢えて「メイド・イン・ウチナー」にこだわったのが「沖縄県産本」というネーミング。

 定義は簡単で「沖縄県内にある出版社が出版した本」。内容も著者も沖縄でも、出版社が県外だったら「県産本」ではないというわけ。どう、ココロ狭い感じですね。

 でもこんなにたくさんの沖縄に関する本が出ていて、もう10年以上も職業的危機感を覚えている我々としては、生き残りをかけて必死にアピールしているのである。これはほんとである。「いつまでもあると思うな県産本」(かつてボツになったキャッチフレーズだ)。

 その「沖縄県産本」が年に一度大集合するのが、毎年「リウボウブックセンター リブロ」で9月末から10月中旬にかけて行われる「沖縄県産本フェア」(主催が県産本ネットワーク)である。第9回目の今年は初日が、例の「教科書検定意見撤回を求める県民大会」と重なったりして、いろいろ大変だったのだが、まぁ何とか無事に終わった。

 各出版社の、だいたい今書店に並んでいる既刊本、新刊はもちろんのこと、日頃は書店に売られてないものまで、ずらっと揃えているので、毎年この期間を楽しみにしている読者の方もいる。ただで配っている出品目録を見れば、今現在の県産本のあり方も分かる。

 そして楽しみにしているのは読者だけではなくて、実は僕たちもそうなのだ。この時とばかりに、他から出している県産本をまとめて買うのである。古書店の中には「仕入れ」しているところまである。掘り出し物はいつもあるのだ。

 今年も結構チェックして初日でたくさん買った。沖縄県地域史協議会、つまり各市町村史を作っているところの集まりが、今年はきっちり参加してくれたのだが、そもそもこうした市町村史は書店ではほとんど売られていないものばかりなので、まずはそこからいくつか選んでみた。

 その中から今回お勧めしたかったのが、沖縄県教育委員会の「沖縄県史 図説編 県土のすがた」。沖縄全土を、地理的立場から図説で解説した本なのだが、実はこれ3Dなのである。そう航空写真や地図が立体的に浮かび上がってくるのだ。専用の緑と赤のめがね(右が青、左が赤のセロファンがついた例のヤツ)が付いていて、それを装着して、アナグリフ(立体)画像を見ると、国頭が、本部半島が、南部が、宮古島が、八重山が、まぁとにかく周辺離島もふくめて、ページをめくればどんどん飛び出てくるのだ。地形、地質、土壌、水脈などのわかりやすく解説があるので、まさに手に取れるようなリアルな感じで島の地形が迫ってくる。空から見た珊瑚や海底の3Dもある。

 最初「3Dねぇ。子どもだましか」と思っていたが、いやー全然リアルに飛び出てくるので、面白くなってしまった。また現在の姿だけではなく、六十年前の今は亡き沖縄の姿を撮った航空写真(米軍撮影。攻撃用に沖縄のほぼ全域の極めて精密な航空写真を撮っているのだ)と今の姿を待対比する立体画像もあったりする。

 「辺土岳の塔カルスト」「古宇利島の石灰岩段丘」「山里の円錐カルスト」「伊是名島のチャート円錐丘」「伊良部島の海崖」「石垣島平久保崎の円柱丘」「与那国島ティンダバナ」「北大東島の幕」「硫黄鳥島」など、ちらっと取り急ぎ目次から拾っただけでも、地形マニアならピンとくるでしょう。

 いやそういう知識がなくても、文字通り沖縄が飛び出てくるのを見るだけで、楽しめる一冊だ。勉強にもなる。見過ぎると目がチカチカしてくるが。

 県が作っただけあってたっぷりと予算も人員も手間暇もかかっていそうなこの本もまた、日頃は沖縄県公文書館に行かないと手に入らない本なのである。もっと県民の目に触れて欲しいものだ。

 これなんか沖縄県が作っているから、まさに「沖縄県産本」なんだろうな。(文・新城和博)

●新城和博の『ryuQ100冊』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73391.html

プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/
  

Copyright(C)2008/琉球百科シリーズ:ryuQ All Rights Reserved.