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2007年12月24日

『願いが叶う?お守りになる植物たち』


苦節十数年、切望したあの木を入手したのだ。
それは、まったく意外なところで出会った。というより、灯台下暗しとはまったくその通りで、ヒョイと顔を出した産業祭りの園芸フェアーでのことだ。
何を聞かれても「あるよ」と答えている台湾なまりのおじさんの店は、質問攻めの客でごった返していた。私も便乗し冷やかしで「仏手柑(ぶっしゅかん)、ありますか?」と聞いてみた。「何?それ?」と専門店でも切り返されてきた質問なのに、「ああ…あるよ」と予想外の嬉しい答え。思わずワタアメを落としそうになった。

そして、人気ドラマに出てくるあのマスターのように、台湾なまりのおやじは、虫食いだらけの大鉢をドン!っと前に置いた。
「あんた、よく知っているね。縁起物だ。仏の手の形の実を結ぶ。この実を煎じて飲むと体の毒を出して、花のにおいは幸せを運ぶんだ。この鉢は祭りのたびに持ってきているが、訊ねられたのは今日が初めてだ。こんなに大きくなっちまったが、安くしとくよ」
おお!! 毎年、顔を出していたのに、こんなに大きくなるまで私を待っていたのね!と、迷わず買った。だけど、決して、安くはなかった…。
虫食いの株は、大体が鉢の中に虫が潜んでいる。夜のなると這い出てきて葉や茎の皮を食べるのだ。なので夜は懐中電灯を持って虫を潰していたって訳。後は土を入れ替えて様子を見るだけだ。

かつて、美白にこだわり、買い物も夜に済ませるなど七難隠すための努力を惜しまなかった私を、一気に迷彩肌にしたガーデニング。
「ガーデニングにハマッタ理由ベスト3」で堂々1位に輝く理由が、沖縄のおじぃちゃんやおばぁちゃんが口にする「悩み事を解決し、幸せを運ぶ植物がある」のだ。
お年寄りが言うと、眉唾な話でもそれなりに聞こえてしまうから不思議。それに呆れるくらい沖縄には植物に関する逸話が多い。
例えばこうだ。
「クワディサーは、人の鳴き声を聞いて大きくなるから家には植えない」
「バナナは大きくなると歩き出して、家を潰す。そして子が親を倒す」
「びわを植えると、病気の神様が入り込む」など。
先の仏手柑の話は、大陸帰りというおじいさんから聞いた話だ。


なんでも、「ざくろ」「仏手柑」「桃」は「三柑の実」といって、それぞれ子宝・金運・魔よけの効果があり、家に植えられなくても絵を飾るだけで福となすらしい。
京都の栄観堂のあの有名な『長寿飴』も仏手柑が材料だ。仏が合掌したような実がますますありがたさを醸し出しているからだろうか。

とにかく、根拠がないっちゃぁ、それまでで、科学脳で考える頭のいい人には向かない話でありまする。
ところが、その話をすると「そういえば…」と心あたりがあるという経験者が多い事も事実。実際、私自身も「そういえば」の経験者なのだ。
これらの話は、ページ数の制限もあって割愛するが、もっと知りたいとご希望される方は、著書『琉球ガーデンブック』(ボーダーインク社刊)に詳しく書いてあるので、是非。

それにしても、こうした言い伝えがある沖縄のお年よりは、なんとも穏やか。
園芸の話で、御願の話で、子育ての話で、戦の話で、年齢の垣根なく話し込んでいける。学ぶ事も多い。本土から沖縄のオバァさんらに癒されに来るというのもうなずける。

あかの他人でも、孫と重ねてみてくれるからだろう。
ついこないだ、大阪で電車に乗っていたときのこと、身なりのきちんとしたおじいさんに「電車にこの大荷物はなんだ!」と、どやされひるんだことがある。バーゲンの帰りに電車に乗っちゃいけないのかと言いたくなったが、年の功のある人に言われたのだから私に落ち度があったんだろうと反省した。
が、昨今、簡単にキレる大人が問題になっているそうだ。年を重ねると丸くなるはずなのに、今日日は角が研ぎだしているそうだ。
動物でも植物でも命のあるものを育てる事は、慈愛の心をも育てていく。

かつて、盆栽といえばお年寄りの趣味だった。今では、若者や欧米の人にも人気がある。
若者らのほうが、自身のストレスに敏感に反応し対応しているのだろうか。
最近、キレやすい・イライラするなどの症状がある方には、趣味の園芸をお勧めする。
植物達は、みんなに幸せをもたらせてくれる「お守り」にもなるのだ。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)
2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年12月17日

嘉手川学のryuQ100味・12月号『トゥンジージューシー』

トゥンジージューシー
『ジューシー食べてトゥンジービーサを吹き飛ばそう』

 早いもので、気が付けば今年もあとわずかである。
 世の中では忘年会やクリスマスパーティーなどで浮かれまくっている人もいると思うけれど、何の因果かわしら商売には「年末進行」という、年末年始の社会の休みを想定して、いつもより多めに、そして長めに仕事をこなさなければならないシステムが構築されており、トナカイのように赤鼻で酔っ払うアンちゃんやオジさんのようにくだを巻き、街を徘徊しているわけには行かず、ただひたすら年末進行の原稿を書いてあるのである。
 まったくもって年末の酔っ払いはうらやましい、あ、いや、妬まし、あ、ち違った、恨むべき、あちがう、憎むべき存在である。

 そんなわけで、年末の酔っ払いに関する妬みや嫉みの話は置いといて、いよいよ今年も新暦では最後の月の12月、いわゆる師走である。ところで話は変わるけど、沖縄では「心配する」ことをウチナーグチ(沖縄語)で「シワスン」という、このことを良く覚えていてね。ボクが小学生のとき、親父に「何で12月は師走というの」と聞いたとき、親父は「12月は冬休み前だから仕事が忙しくなり、みんなが仕事がちゃんとできたかどうか心配するわけ、シワスルからシワス。心配でシワスル師走と覚えていたらいいよ」といわれたのである。ボクは師走の語源を知るまで、「師走はシワスルから師走」だと本気で3年以上信じていた。

トゥンジージューシー ま、そんな思い出深い師走であるが、師走の行事はといえば「トゥンジージューシー」である。「トゥンジー」とは冬至、「ジューシー」とは炊き込みご飯や雑炊のことをいう。かつては12月22日の冬至になると、各家庭で「トゥンジージューシー」を作り仏壇に供え、一家の健康を祈ったあと、家族でジューシーを食べたものである。ところで、沖縄の行事でジューシーが出るのが2回ある。そのうちの一つが「トゥンジージューシー」で、もう一つが旧盆の初日、ご先祖様をお迎えする日に食べる「ウンケージューシー」で、ボクは勝手に二大ジューシー日と呼んでいる。

 この二大ジューシー日のジューシーだが、同じジューシーではあるがレシピは若干違う。もちろん地域や家庭によっても違いはあるが、ボクの家は生粋のナーファンチュ(那覇人)なので、標準的な那覇のジューシーだと思ってもらいたい。まず、「ウンケージューシー」は茹でた豚肉とシイタケ、ニンジン、そして重要なポイントとして生姜の葉を入れ炊き込むのである。生姜の葉が入ることでほんのりと香ばしくなり、また、生姜の香りが邪気を払い、ご先祖様と一緒にきた餓鬼やヤナムン(悪霊)などにジューシーを食べられないようにするためである。それに対して「トゥンジージューシー」は茹で豚肉とシイタケ、ニンジンは一緒だけれど、ターンム(田芋)を入れ炊き込むのである。また、「ウンケージューシー」が炊き込み御飯風のクファジューシー(ホロホロジューシー)しかないのに、「トゥンジージューシー」はクファジューシーと雑炊タイプのヤファラージューシー(ボロボロジューシー)の2つのタイプがある。ヤファラージューシーには豚肉とターンムと無地と呼ばれるターンムのズイキが入っている。

 沖縄で冬至のころに北風が吹き、寒くなることを「トゥンジービーサ」という。ちなみに「ビーサ」とは「寒い」というウチナーグチの「ヒーサン」の変形活用である。「トゥンジージューシー」に入れるターンムにはカリウムやカルシウム、鉄分、ビタミンAやCを含み、胃腸を元気にし寒さに弱った体力をつけるといわれているので、「トゥンジービーサ」から本格的な冬に入る前に元気になれるよう食べる、昔のウチナーンチュの知恵である。

 ところで、沖縄では最近、レトルトの「ジューシーの素」がスーパーなどで売られている。ヤファラージューシーではなく炊き込み御飯タイプのものだが、これが下手な家より数十倍も旨く、また、最近やたらと増巷に増えた沖縄料理店のような店のジューシーと同じくらい旨い(ということはその店もジューシーの素を使っている?)。

 ボクのウチでは毎年、女房が二大ジューシーを作っているが、今年は仕事が忙しいので作れないという。悔しいけれどボクは「ジューシーの素」にひと手間、ふた手間加えた頓知の聞いた「トンチージューシー」を作ろうと思ったのであった。


筆者プロフィール:嘉手川 学(かでかわまなぶ)
フリーライター、沖縄県那覇市生まれ。沖縄のタウン誌の草分け『月刊おきなわJOHO』の創刊メンバーとして参画。沖縄ネタならなんでもOKで特に食べ物関係に強い。現在も『月刊おきなわJOHO』で食べ物コーナーを15年以上掲載中。
著書、編著、共著に『沖縄大衆食堂』、『笑う沖縄ごはん』、『泡盛『通』飲読本』(各双葉社)など多数ある。今年になって共著で3月に『沖縄離島のナ・ン・ダ』(双葉文庫)と『もっと好きになっちゃった沖縄』(双葉社)、『沖縄食堂』(生活情報センター)が発売中。
  

2007年12月10日

「平和の歓び」「平和の花」「センスルー独演名選」

ryuQ100歌(12月号)
「平和の歓び」(RBCレコード RM-111)
「平和の花」(マルフクレコード FF-28)
平識ナミ作詞、普久原恒勇作曲した、平和シリーズ三部作ともいいましょうか、「平和の願い」「平和の花」そして「平和の歓び」のレコードがあり、ともに70年代にヒットし、ラジオからもよく流れていた。そのほか「平和節」「平和の鐘」などという音曲もあり、最近ではサザンオールスターズの「平和の琉歌」をネーネーズが歌って話題となったことも記憶に新しい。やはり先の大戦で壊滅的な打撃を受けた沖縄の庶民が如何に平和を願ってきたということがこれだけでもよく分かるものだ。故玉城安定民謡研究所歌う「平和の願い」はデジタル音源に復刻(チャンプルーシングルス 東芝EMI1998)されたし、娘の玉城一美も自らのアルバムなどで歌っている。同じ録音の「平和の歓び」は今ではほとんど聞くことができなくなってしまった。ということは沖縄の庶民は平和の歓びを今だかみしめてないのかもしれない。歌詞の2番目に
 苦しみん忍で 暮らちちゃる沖縄
 今や日ぬ本ぬ 光うきて我島沖縄
日本に復帰すると平和の喜びに浸れると思っていたが、基地がなくなるどころか相変わらずの基地被害に悩まされるという危険と隣り合わせの現実。ということは「平和の花」が咲いたと思っていたことも幻想でしかなかったということか。フォーシスターズ歌う「平和に花」では、でいごの花と桜の花と、一元となって栄えてゆこう、と歌っている。世相の反映としての島唄、その時代の中で歌われた、を後に聞きなおしたときに見える幻想と現実の歪を捉えなおすことも必要なのかもしれない。

「センスルー独演名選」(沖縄レコード ORL-1007)
 喜劇の王様池原センスルーを偲ぶ決定盤!と銘打って、「スーヤーぬパーパー」「職業口説」「センスル節」「口説ベーシ」の4曲を収録。小那覇ブーテンや照屋林助の笑芸に興味ある人なら一度は聴いてみたいと思っていることだろう。大正15年より芝居の世界に踏み入り、戦争直前、劇場が日本軍に接収されるまで珊瑚座などで活躍した。彼の「センスル節」は大好評であだ名まで池原センスルー(本名は池原靖治)と呼ばれるようになった。戦後は糸満町の区長として信頼を得たが、再び俳優の生活に戻った。日本復帰の前年病で逝去した。氏の漫談などの笑芸をあらためて聴いてみるとウチナーグチの表現の多様さに驚かされる。


筆者プロフィール:小浜 司(こはま つかさ)
沖縄県国頭郡本部町出身。幼少期を那覇市で過ごし、中学以降宜野湾市に遊ぶ。大学卒業後ヤマトへ。季節工などの底辺労働に従事しながら、アメリカ、東南アジア、中国、アラブの国々を旅する。沖縄に帰り、クリーニング屋の経営をしながら大城美佐子や嘉手苅林昌のリサイタルなどをプロデュース。「風狂歌人」(嘉手苅林昌)や「絹糸声」(大城美佐子)など沖縄音楽CDを多数製作。2002年、国際通りに島唄カフェまるみかなーを開く。2004年沖縄音楽デジタル販売協同組合に参画しインターネット三線教室を始める。2006年、拠点を壺宮通り(那覇市寄宮)移し、島唄カフェいーやーぐゎーを開店。沖縄音楽の音源や映像の楽しめる店として好評を博している。
島唄カフェいーやーぐゎーHPhttp://www.ryucom.ne.jp/users/iyagwa/
  

2007年12月03日

ryuQ100冊・12月号「沖縄のうねりの中で」

ryuQ100冊・12月号「沖縄のうねりの中で」
 気が付けば、今年ももう今月でおしまいだ。過ぎてしまえば早かったと思うのは毎年のことではあるが、振り返ってみて、沖縄で今年一番の話題といえば、「教科書検定問題」だろう。
 高校の教科書で沖縄戦に関する記述に検定意見が付いて、「沖縄戦で起こった沖縄県民の集団自決に日本軍が関与していた」という記述を削除・修正を、文部科学省が各教科書出版社に求めたのが三月のこと。その後、県内の各平和運動団体や女性団体などが中心なり、検定意見撤回を求める動きが起こり、六月には沖縄県議会が全会一致で、二度にわたる検定意見撤回決議を文科省に提出するという事態となった。県下ほとんどの市町村議会も同様の決議を行った。しかし文科省や政府は、沖縄のこうした動きに誠意のある対応を見せなかった。沖縄のマスコミは各社この問題を大きく扱い、また「沖縄戦・集団自決」とは何か、もう一度深く掘り下げる報道、キャンペーンが展開された。
 こうした流れの中、九月二十九日に行われたのが「教科書検定意見撤回を求める県民大会」で、会場となった宜野湾コンベンションセンターの広場には、あの1995年の米軍人による少女暴行事件を端に発した、「10.21」の県民抗議集会を上回る人数が集まった。戦後最大規模の県民運動といえるだろう。
 その九月二十九日は、偶然にも「第九回沖縄県産本フェア」の初日でもあった。僕は、午前中は〈いち県産本編集者〉として、会場のリウボウブックセンター・リブロに顔を出し、午後からは〈いち県民〉として、家族三人で県民大会に参加した。

 それから十日後、県産本フェアのイベントである「県内アナウンサーによる県産本朗読会」が、リウボウ・ホールで行われた。僕はスタッフとして朝から会場でパタパタしていたのだが、ふと見ると、フェア会場の棚には新しい本がどさっと置かれていた。ちらっと見ると、「県民集会」とかたくさん集まっている人々の航空写真が表紙を飾っている。この時期だから、1995年の県民集会の本を持って来たのかなと思ったら、いやいや今回の教科書検定問題の県民集会の写真集ではないか! その本の名は、写真集『沖縄のうねり 集団自決「軍命」削除の教科書検定抗議』、琉球新報社の発行だった。
 まだ十日しかたってないのに、もう本が出来ているというのに、まずびっくりした。新聞社とはいえ、これぞまさしく緊急出版である。のんびり出版がほとんどの沖縄県産本版元とは思えない。こんなに素早く出たのは記録じゃないかな。

 県民大会の写真をメインにしつつ、これまで紙面で展開してきた「教科書検定問題」や「沖縄戦・集団自決」に関する記事、資料も揃えて、それなりの作りになっている。何より臨場感がある。集会に参加した僕もとりあえず自分たち家族が写っているかしらと探したりして……11万人ほどの御万人(うまんちゅ)の中で、シュプレヒコールした僕の腕だけ写っていた。

 この『沖縄のうねり』はその後面白い展開を見せた。沖縄県内では、予想通りそこそこ売れていったのだが、それ以上に県外の読者から反応が大きかったのだ。琉球新報社には、県外からの問い合わせが殺到して、本の発送作業がパニックになったとか。また大会後の国会で、ある議員が『沖縄のうねり』を片手に政府に質問をしたところが、テレビ中継で全国に流されて、さっそく「今、テレビに出ていたあの本を送ってくれ」と、またまた反響があったそうだ。まとめて何冊も買う読者が多いのも特徴らしい。戦後六十年の時に『沖縄戦新聞』という、これもまた沖縄戦に関する長期連載企画を出版して大ヒットした琉球新報社らしい一冊といえようか。

 ここからは個人的な話。
 もう一方の新聞社の友達で、これまた沖縄戦の取材をしている記者の方から、メールをもらった。今、僕の父親の島の取材をしているけれど、その話の中で僕の父親の話がよく出てきたと。
 僕の父はもう二十年以上も前に亡くなっているのだが、沖縄戦における集団自決が最初に起こった島の出身で、当時中学生だった父は、まさに当事者、生き残った者だった。その頃の話は生前、父からはほとんど聞かなかった。ここ数年、妙にそのことが気になっていた。当時中学生だった父は、どういう思いを秘めていたのだろうかと。もう亡くなっているので、想像するしかない。
 その記者の方のメールには「お父さんの写真が、沖縄戦の写真集に載っているらしいよ」とあった。それは知らなかった。なんでも本に掲載されていたのは、米軍が当時撮った膨大な量の沖縄戦に関する写真のひとつで、キャプションが違う島の名前で付けられていたのだ。なるほど、知らないはすだ。
 その写真集は『写真記録 これが沖縄戦だ』(大田昌秀編著、琉球新報社)。初版が1977年で、沖縄戦に関する写真集が初めて発売されたということもあり、発売と同時に大反響を呼び、以来増刷・改訂を重ねて、累計20万部を越える大ベストセラーとなっている。
 その中の一枚、捕虜になるために山から投降する島のお年寄りたちを支えている、当時中学生だった父親の姿が、そこにあった。ああ、なんとなく面影があるような……。その写真を眺めて、またいろいろ想像してみる。集団自決を目の当たりにした少年の心情を……。

 実は、この写真、偶然にも『沖縄のうねり』の中にも、大きく掲載されていたのである。これまた違う人に指摘されて、びっくりした。
 沖縄戦に関するジャンルは、沖縄県産本の大きな特徴で、写真集は県内外で読まれている。その膨大な写真の中の一枚に、僕の父親がいる。こんな風に、沖縄戦の記憶はいろんな流れを経て、個人の心の中に溜まり、そして世代を超えて流れていくのだろう……な。(文・新城和博)

●新城和博の『ryuQ100冊』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73391.html

プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/
  

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