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2009年06月22日

オキナワ エディブルフラワー(by.比嘉淳子)

オキナワ・エディブルフラワー(by.比嘉淳子)
今年の4月、左下腹部にしこりを見つけた。
大学時代の友人を最近亡くしたばかりなので一抹の不安がよぎる。
昨年の春、東京の彼女の家を訪問した折、ベランダで採れたと自慢のハーブの花を散らしたすてきなランチをともにした半年後、帰らぬ人になったのである。

「道ばたに咲いてるような花もこうして皿に並べると砂糖菓子のようでしょう。エディブルフラワーって言うのよ。よく道ばたの花を摘んでクッキーにいれたりするの。雑草なんて呼ぶのはかわいそうよ。ハーブってよんであげてね。沖縄はたくさんのハーブがあってうらやましいなぁ。いつかは沖縄でハーブの料理店をやりたいからその時は手伝ってね」が、最後の会話であった。私とは違った人種である事は間違いなく、いい人は早世するってホントだなぁと、つくづく思ったものだ。

彼女に巣食った子宮ガンは進行が早く、気づいた時には手を付ける事が出来なかったという。

ぐりぐりのしこり、とうとう来たか…、チト早いようにも思うが、残された時間を診断してもらってやりかけの仕事を片付けなければ…。
こんなところは、A型なのである。というか、だったら早く原稿出せよ!と、突っ込まれそうだが、火が付かなきゃ動かない尻も自慢なのだ。

病院へ行く朝、娘に電話をした。
「落ち着いて聞いてね。ママ…左下腹部にしこりがあってね。これから病院へ行ってくるけど、もし、癌なら…」パパと弟の事を頼むねと言いたかったのに、
「癌なら、ウチの大学の治験に協力してね。じゃ、忙しいから。ツーツー…」。
ひさしぶりに怒髪天をつかれ、聞く主の無い電話に向かって罵声を浴びせた後、婦人科の外来である。
かわいい赤ちゃんや幸せそうな妊婦を見て、かつて私も娘もかわいかった事を思い出していた。「かわいいですね〜。そうですか、生後一ヶ月検診。でもね、生後20年も経てばムカつく事が多くなりますよ。親にくっついてくるかわいいお顔の記憶を焼き付けておいてくださいね」。
若い母親へ、私からの精一杯のアドバイスである。

いよいよの診察室、同輩の女医のどんな痛みですか?の質問に、
「刺す痛みでもなく、転げ回るような痛みでもなく、押したらなんか痛いっぽい?そう、不安を助長するような、でも、まったりとした上品な痛みですね」。
私は病気をした事が無い。人の痛みの閾値なんてどう測るのだろう。
爆笑をもらった診察の結果、どこかに炎症があってリンパ腺が腫れているのでしょう。薬を出しておきますから、また遊びにきてください。で、私の癌疑惑は消え去ったのである。

帰り道、うららかな春の風に押されて入ったおしゃれなカフェで、琉球コスミレやカタバミの花が散らされているサラダをよそわれ、あの日の友人の顔が浮かんだ。道ばたで密かに咲く花の美しさに気づき皿の上に踊らせた彼女の繊細なセンスが今更ながら惜しまれてならない。きっと生きていたら今日の事を笑って泣いて喜んでくれたに違いない。そんなアホな報告をする相手のいない喪失感は大きい。

かたばみは沖縄では「ヤファタ」と呼ぶ「オキザリス」という植物である。
琉球王朝時代、中国から観賞用に移入されたもので、当初は物珍しさから珍重されていたというが、イモ畑を全滅にするほどの驚異的な繁殖力で次第に毛嫌いされるようになった。糸満のお年寄りは「野国総監は芋を中国から持ってきて琉球を救った英雄だが、◎×▲親方はヤファタを持ってきて、初めは英雄扱いされていたが、後からウフソウムン(愚か者)になった」と笑う。

ピンク色の花は子供の頃、ティアラを作って遊んだ思い出のある女性は多いのじゃないかしら。ウチの愚娘も小さい頃、ママへのお土産といって小さな手いっぱいにこのヤファラを摘んできてくれたっけ…。
沖縄のエディブルフラワーを食べながら、友人もこの花を食べていたのかなぁと寂寥の想いにかられてしまった。

家に着くと薄暗くなった部屋のパソコンの青い光が娘からのメールを知らせていた。
「母ちゃんへ。
どうせ、どこかに炎症でもあったんでしょう。太る癌はないって教授もいっていました。でも、心配ならいつでもウチの大学病院に来てくださいって。とりあえず、母ちゃんが心配している婦人科系の病気の症状と検査、診断、治療法を簡単に説明したものを添付しました。ただし、癌になるのは私が一人前になって手術が出来るまで待ってください。絶対に治して学会のネタにしますから」。
フン!アタシは華岡青洲の母にはならないようだ。
小さいおててに摘まれた「ヤファタ」の花束の思い出だけで充分親孝行なのだから。それになによりも、男前な娘の花嫁姿を見るまでは、いや、仕送りの義務が終わるまでは死ねないし。

嫌われ者のヤファタのエディブルフラワーは甘酸っぱい味がして意外においしくてイケル。ならば、美しくも雑草扱いされる強靭なこの花の様にしぶとく生き抜いてみせようじゃないの!
ちなみに花言葉は、「あなたとともに」「輝く心」である。

比嘉淳子の『ryuQ100花』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73394.html


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2009年05月25日

「手のひらのシワとシワを合わせてシアワセ」(by.比嘉淳子)

比嘉淳子のryuQ100花【5月号】
「手のひらのシワとシワを合わせてシアワセ」
どこかで聞いたコピーであるが、今年はユンジチである。旧暦の5月が2回ある特別な年なのだ。
ユンジチとは、約33ヶ月ごとに1年を13ヶ月にしなきゃ季節とのズレが生じる現象を調節する、簡単にいえば旧暦の閏月なのである。

2回目の同月をシィティヅチ(捨月)といい、厳しい掟のある墓作りや仏壇、位牌の新調もこの月に行われる。
なんでも、天の神様の目が節穴になる月だそうで、いくらなんでも同じ月が2回もあるなんて思いもよらないらしい。
うららかな陽気に神様もすっかり気がユルユルになっているのか、その隙を狙って様子見をしていた墓作りなどを一気にこなせる便利な月なのである。
そして、ユンジチは子宝に恵まれやすいとか、結婚がまとまりやすいなどともいわれている。1年が1ヶ月増えるだけで、人にはシアワセが増えるようだ。

このように人間臭い神仏界だが、植物にも「仏」と形容されるものがある。
有名どころに春の七草の「ほとけのざ」があるが、仏様が座る座布団に似ているからと、やや苦しい命名である。

しかし、中には姿カタチそのものが「仏」っぽいものがあるから面白い。手始めに仏の頭部から紹介すれば、「釈迦頭・シャカトウ」がある。名前の通り「釈迦」のヘアースタイルに似ている事からの名付けだ。外見はゴツゴツなのだが、果肉は驚くほど甘くクリーミーだ。
足が早い事からなかなか市場に出回らないが、日本では沖縄が唯一露地栽培できる。森のアイスクリームと呼ばれるアテモヤは、釈迦頭の改良種である。
シャカトウ
次は仏の四肢に移る。「仏手柑・ブッシュカン」、つまり、仏の手だ。実の先が細長く分岐し、まるで手指のようにみえる。欧米での呼称「フィンガー シトロン」は、グッド ネーミング賞ものだ。

インド原産の柑橘類で、日本には江戸時代に沖縄を介して入り、薬用として流通したそうだ。今でも、京都にはブッシュカンの砂糖漬けやのど飴があり、喉の病気に効力があるらしい。

花は2月から3月に咲き、他の柑橘類より甘ったるい香りを放つが、果実は食べられるほどない。主に正月飾りや茶席に縁起物で飾られるくらいだから、名前負けしそうな地味な存在である。だが、実の香りは極上で、窓を閉め切った冬の芳香剤にはうってつけの一品である。これも、沖縄では露地栽培が出来る。

ご覧の通り、我が家のブッシュカンの実はまだほんの赤ん坊なのだが、しっかりと合掌している。こんな時期から信心があるようだ。
ブッシュカン
特に宗教を持たない我が家は、ブッシュカンの祈る姿に何とも照れくささがある。
外国の友人から、「なぜ、信仰を持たないのか」と聞かれた事があった。う〜んと悩んだ結果、わからなかった。宗教本を読んでも、難しい哲学書でしかない。お盆もクリスマスもお正月も節々におこなっているし、とにかく、信仰より信頼なのだ。知らない昔のエライ人より、亡くなったばあちゃんの方が信頼できる、ただそれだけである。

話は逸れてしまったが、我が家には「釈迦頭」と「ブッシュカン」、いずれも植わわっている。そう、頭から手までそろっているのだ。しかも、ブッシュカンなんて斑入りのものまであって、先手観音状態とでもいおうか。

そして、肝心なのは植え場所である。
「釈迦頭」は南に、「ブッシュカン」は北向きに植えている。「北枕」を避けたという凝りように、自ら頷いている。
「北枕」は死人の枕。これは宗教ではなくて、幸せなまま大往生したばあちゃんの教えである。一緒に時を過ごしただけなのに、苦難にブチ当たった時、その言葉一つ一つが人生指南になっている。シワの1つ1つが幸せのレシピのようだった。

「三つ子の魂百までも」と、良く言ったもので、子供の頃の影響は中年になっても抜けないものだ。長じて、心に届く指南書を秘めた老人に、私はなりたい。

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2009年04月27日

「受水走水小未遂」(比嘉淳子のryuQ100花【4月号】)

比嘉淳子のryuQ100花【4月号】
以前何度も書いたが、我が家の裏にある通称「ワンダーガーデン」に昨年、身に覚えのない稲穂が実った。舅のユニヌスージ(よねのすーじ・米寿の事)を今秋に控えての事である。愚嫁は考えた。「これを育てよう!」。たわわに実った自前の稲を持ってかりゆしの踊りを一発かませば、感涙で宴も盛り上がり、20年余の親不孝も帳消しの事間違いなしと。
それに、ちょっとした「アマミキヨ」体験もわくわくである。

御穂田沖縄の稲作伝は様々にある。
南城市にある「受水走水」に、北山王(現・今帰仁村)伊波按司が唐から稲を持ち帰り琉球中に広めた説、嵐の後、一羽の鶴が稲をくわえて飛来し力尽き、その稲をアマミキヨが受水走水に植えた説、これまたアマミキヨが遠い所にある幸せの国から持ってきた稲を受水走水に植えた説と、どちらも「受水走水」の御穂田(ミーフダ)と呼ばれる水田に植えられている。

「ワンダーガーデン」は、広さ約2坪の土地に約50種類の植物と大小の動物が生息している。
今、これを書いているときも「ワンダーガーデン」からシトラスの香りとうぐいすの声がする。
話は逸れるが、毎年、うぐいすが春を言祝いでくれる。
うぐいすは果報な鳥だそうだ。「ほーほけきょ、きょきょきょきょきょ」と、鳴いてくれるほど幸運が舞い降りていると聞いた。

今朝なんてあまりにもよく鳴いてくれるので、お礼に「ほーほけきょ」と返したら、倍に返してくれた。うれしくて倍々返したら、朝食を食べている娘が「うぐいすの鳴き声は威嚇らしいよ。キョキョキョキョキョなんてブチ切れ状態なんだって」。

つまり、テリトリーを守るための威嚇で、それに応対しているおばさんにうぐいすはブチ切れているのだそうだ。この娘、たまに興醒めな事をのたまう…。

とにかく、無計画に植物を植えたら、密林と勘違いして大小の動物が生息するようになった。動物の世界の口コミは早く、夏は鈴虫がなく。ヤンバルクイナはこちらに向かっている頃だろう。こうなればイリオモテヤマネコも歓迎する。

稲穂かくして、このワンダーガーデンに水田を作る余裕はなく、目を付けたのが、海水魚を飼っていた水槽である。ディズニー映画を見た帰りに衝動買いしたブツである。あるじ亡き後、物入れになっていた水槽を水田にしようという試みである。なかなか賢い作戦だと思った。
田土が入手できないので、水草用の土を入れ、水を引き、濁りを沈殿させた後、種籾蒔きのはずだった。そう、「受水走水小」の出来上がりのハズだったのだ。
ここでまた、娘が言った。
「アイガモは?」
「飼えるわけないじゃん」
「ボウフラ湧くよ」
「じゃ、どうすればいいの?」
「めだかとかグッピーでいいじゃん」
というわけで、今度は息子も参加してペットショップへ赴いた。
グッピーを選んでいるそばで、息子が愛おしそうにうなぎを見ている。
アルビノなのか、白いうなぎである。

水槽結局、グッピー多数とウナギ一匹を「受水走水小」に放流することになった。
いや〜な予感がした。いや、アイガモが増えなかっただけでラッキーだったかもしれない。店先ではおとなしかった白うなぎが、水を得た魚のように縦横無尽に土を掻き揚げ、水しぶきを上げ龍となった。澄んでいた水が一気に濁り、グッピーの姿も探せない。
これじゃあ田植えが出来ないじゃないか! 一体全体うなぎなんてどういう了見で飼うんじゃ〜! まず、稲の根が張らないじゃないか! と、後の祭りながら抗議する母親に、姉弟そろって「天然うなぎが食べられるんだよ」と、「お米とうなぎが同時に飼えるなんてすごいじゃない」「母ちゃん、これ、うなぎどんぶりキットと呼ぼうよ」…。
水槽で飼ったうなぎが「天然もの」と呼べるわけなく、もはや、この姉弟にしてやられた感がある。
かくて未遂に終わった「受水走水小」。今や「うなどんキット」と呼ばれ、肥培されている。

私の世代は、バリューセットとか、お得とか、限定という言葉に弱い。
この文字をどこかにつけられると、買わなきゃ損!という風に出来上がってしまった。
こんな中年の心理を若者は搗いてくる。水槽で稲作とうなぎが同時に楽しめ、ボウフラまで撃退してくれる夢の「うなどんセット」、もう少しで「アイガモ鍋」まで付録されるところだった。

冷静になれば、怪しい事間違いないのだが、情報通の若者に言われれば乗っかってしまう。オレオレ詐欺の心理作戦もこの手だろうか。
こちら側は亀の甲も年の功。沖縄の米栽培は二期作だ。次の田植えに期待する事にした。
後日談だが、「白龍(パイロン)」と名付けたうなぎは、なぜか、普通のうなぎ色になっていた。名は「パイロン」もとい「どん」、漢字は「丼」と書く。

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2009年03月23日

ワンダーガーデンの島バナナ(比嘉淳子)

ワンダーガーデンの島バナナ(比嘉淳子)
人間ドックに入る前にやっておきたい事といえば、減量につきると思う。
今回は「楽・早・効」を掲げ、テレビやネットを網羅し、巷の情報を集めた結果、バナナダイエットに決定。
なんでも、朝食をバナナとお水にするだけで、あ〜ら不思議みるみる痩せちゃうというものだ。しかも、おやつを食べてもOK!だという究極の私向きのダイエット。

バナナは、バショウ科バショウ属の草木。芭蕉と書く。実を食べる方は実芭蕉といったりする。葉芭蕉は芭蕉布で有名だ。そして、バナナは木ではなく、草だそうだ。

甘いから果物だと思われがちだが、野菜という説もある。大きな葉っぱを茂らせた大きなネギと言ったらわかりやすいだろうか、ナイフでさくっと簡単に切断できる。

そしてシロアリにも好まれる。昔人は、裏庭にバナナを植えて集まったシロアリを一網打尽に焼き殺したという。残酷な言い回しを好まない沖縄の先人は、バナナの自家栽培を避ける理由にバナナは歩くとか、子供が親をダメにする木だから家のすぐ脇に植えてはいけないと表現した。

バナナに足があるわけでなく、親株のそばから子株が出て成長し親株が倒れていく、それが連連と続くとはじめに植えた場所から移動しているって具合。単にバナナの成長過程を表現しているだけで、植物の成長なんてそんなものなのにバナナはなぜか忌み嫌われる。

さて、体重計に乗る日までリミットが迫ってきた。
夫婦二人分のバナナをしこたま買い込み、バナナ食が続いてしばらくした頃、店頭からバナナが消える珍事が起った。バナナダイエットが流行ったあげく全国的にバナナが品薄になり入荷も未定だという。こうなれば意地だ。ボン・キュッ・ボンな体を目指して秋空の下、バナナを求めて方々の店を奔走する事しばし、結局、バナナダイエットは頓挫したまま人間ドックの日を迎えることになった。予想通り夫婦仲良くメタボの称号を授受し撃沈、こうしてバナナダイエットはあえなく幕を閉じたのだが…。

バナナに用がなくなったある日、裏庭に目をやると、梅の木の下にバナナが生えている…「なんくるバナナ…?!」。
沖縄では、こぼれ種や小動物が媒介する種から生える事を「なんくる」と呼ぶが、バナナのなんくるは知らない。我が家の裏庭は、時に不可解な事が起るワンダーガーデンである。

以前にも紹介したが、稲穂が実っていた事がある。切り倒した木の影が揺らいだ事もあった。
そうだ、ずっと前に大鉢で島バナナを育てていて小さな実しかならないので処分したあのバナナの仕業だ。しかしずいぶん前だから時間差がありすぎる。しかも鉢で育てていたので子株のハズが無い。まさに珍事である。

バナナダイエットを再開しろという暗示なのか。ではでは、金を食べるダイエットがあれば金がはえてくるのだろうか、と、一人ツッコミを入れてみた。
あ〜、抜くに抜けないバナナの子株。実がつくまでコツコツと育て上げなければならない課題が増えた。
何か目標を立てれば、コツコツ励めといいたいのだろうが、生来の太平楽。
もしかしたら黄金に輝くバナナがなるやも知れないと思うと、腹黒さが増してきた。ふふ、これだからガーデニングはやめられない。

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2009年02月23日

「沖縄はオ〜モロ〜な植物楽園」(by.比嘉淳子)


沖縄は誇れるものがたくさんある。
豊かな自然をはじめ、各地の民芸品、食べ物、そして「おもろそうし」など文学作品も豊富にある。

ずいぶん前になるが、仕事でお会いしたノロのおばぁさんから「琉球国由来記」という本をいただいた。琥珀色に変色しているところをみるとかなり読み込まれているようだ。思いがけないプレゼントに、必ずや読破して感想を述べに参りますと豪語したのを自分でも記憶しているが、漢文で編纂されたこの本、なかなか触手が伸びないままオブジェ化している。

パラパラとページをめくり本棚に並べてみた。どこか異彩を放つ「琉球国由来記」は、原色使いのド派手なファッション誌が並ぶ我が家の本棚で居心地悪そうに、時折、相手をしなさいよ!といわんばかりにいぶし銀に輝いているのだが…。

さて、時は過ぎ、由緒正しきこの本にドロップアウトなワタクシを感じ取ったのか、はたまた沖縄の神々から「宝の持ち腐れ情報」が入ったのか、先のノロおばぁさんから携帯電話が鳴った。「おもろそうしなら、ひらがなばかりでアンタに向いているかも。琉球女ならおもろそうしぐらい嗜んでおきなさい。わからないところがあったらメールして。」と推定85才のおばぁさまは携帯電話を駆使している模様。

こうした成り行きでワタクシの課題となった「おもろそうし」は、琉球最古の歌謡集といわれており、12世紀から17世紀の祭祀歌謡を集めた全22巻。首里王府によって採録、編集され、王や聞得大君の神歌や勇者を讃える歌、神話、気象、たまに恋愛物などを掲載している第一級の歴史資料である。ワタクシの好きなJ-POP歌謡集とは全然おもむきが異なるのだ。

「おもろ」は「思う事」
「そうし」は「草紙」だそうだ。

沖縄版徒然草(御願込み)みたいな感じぃと、ワタクシは解釈致しております。
このような浅学非才なワタクシでありますが、便利な現代語訳のおもろそうしを入手し、ただいまハマっているところであります。

しかし、恐るべし「おもろそうし」、読めば読むほど雅らかな琉球王朝絵巻に想いを馳せさせてくれる逸物である。
特に、戦場で先頭に立った「ノロの雄叫びおもろ」(勝手に解釈)なんて、ジャンヌダルクを彷彿しちゃってブルルッとくる。


また、私の琴線にふれる「ガーデニングコーナー」もちゃっかりあるから嬉しい。
そもそも、おもろそうしは古琉球時代の人々の生活を垣間見る事の出来る文献である。人間臭い酒宴や生活様式なども盛り込まれており、大元は村々の平和や繁栄を祈り、豊かな生産を神に感謝し祝う呪術的な歌だったといわれている。その中で自然を歌うコーナーに植物が組み込まれているのは、正に自然な流れなのだ。

こういう歌があった。

  だしきや
(前略)
又、聞得大君ぎや
  屋良座杜 ちよわちへ
  だしきや釘 さよわちへ
  十百床
(略)

〈訳〉
聞得大君が
屋良座杜に来給いて
ダシチャの釘を差し給いて
千年の後までも
(敵軍を寄せるまい、と祈ります)

ここに出る「だしきや」とは、聖木のダシチャのこと。和名でいうと「シマミサオノキ」。操の木なので聖木なのか、とにかく、沖縄を造った神様が最初に植えた植物は「クバ」と「ダシチャ」だという話は有名だ(と、思うが)。

そんなパイオニア的植物のクバはよく見かけるが、ダシチャは最近トンと見かけなくなった。これじゃ島の操が守れないじゃないか!

ダシチャはアカネ科の常緑樹で、幹は固く弾力性に富む。15㎝ほどの葉をつけ初夏に白い小花をつける。密で柔軟な材の特徴から杖や狩猟用の弾み材、釣り竿、また、聖木として祭祀用、魔除けに利用してきた。
某聞得大君の杖もこの木で作られたという。

このダシチャ、ちょっと前まで、シーミーや七夕の墓掃除の際には邪魔者だったのに、今じゃ、貴重な木になってしまったようである。まったく残念なことだ。

植物は純粋でデリケートな生き物である。また、先物読みが上手な生き物だとも思う。
生息地の環境が下卑ってきたとき、その卑しさに愛想を尽かして自ら姿を消すのだろうか。もしかしたら、沖縄を作った神々に今頃、沖縄の現状をチクっているかもしれない。ワタクシもチクられたらまずい事が本棚にあるので、チクられる前に「琉球国由来記」漫画板を入手せねばならない。

比嘉淳子の『ryuQ100花』バックナンバー:
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2009年01月26日

「金運のつく松」の話(比嘉淳子)


正月に始まり大晦日に至るまで、年中行事は季節の移ろいの節として生活にリズムを点してくれる。そして節日には、なにかしらの花で彩りを添えるというように、年中行事と植物はリンクしている事が多い。正月の松竹梅、ひな祭りの桃、端午の菖蒲、七夕の竹、重陽の菊という具合にだ。旬の植物に日本古来のしきたりや地域の民話、それに中国の影響が重層的に進化してきたのであろう。

沖縄では、ご当地植物の利用と伝説を合体させた「ムーチー」や「ふちゃぎ」など、とにかく、読み書きが出来なくても、植物と行事の「オモシロエピソード」を張り付ければ口伝で伝わっていく方法だ。
そんな昔人のセンスの良さに感動する。
実はそこに昔人から隠れたメッセージがこめられているかもしれない…。

さて、木で日本の代表といえば「松」があげられる。
なにせ「百木の長」といわれるほど日本全土にまんべんなく行き渡っている木。神を待つ木だから「まつ」というダジャレっぽいところも胸キュンなところである。

この松だが、私たちの生活に密着した木でもある。海沿いの集落は松林で海風や砂害から家屋を守り、松の枝や葉は松明燃料として利用してきた。

そして、厳寒の時期も青々としていることや風雨に耐える隆々とした幹肌の美しさから不老長寿の願いを重ねるにふさわしく、神と交わる木として、今でもご利益のありそうな木として重宝されている。

そんな神々しさからか、正月になると門松伝いに神が下りて来るとし、降臨してきた神をキャッチした後、高級料亭並みにもてなし、家内年間幸福量の増大を図る作戦に及ぶようになったのだろう。
おせちの出来不出来で幸福量に陰りが出てくるならば腕によりがかかるってもんだ。

そんな松の中に、不老長寿に加えて金運を得意とするものがある。
一般に松葉は2股の葉であるが、時に3股の葉で生えてくる松がある。変異で生じてくる3股葉の松は、そのめずらしさから神聖な葉として「持っていると金運がつく」とかで「金運松」と呼ばれており、主に神社仏閣で管理され各地に点在している。そのなかでも有名なのが、以前精進料理を食べに行って出会った高野山の「3鈷の松」だ。

なんでも、弘法大師が中国から帰国の際、東の海に向かって「私が、漏らす事なく受け継いだ密教を広めるにふさわしい地を教えてくれ」と密教の法具をなげたところ、海を渡りたどり着いたところが高野山で、弘法大師は10年かけてその法具が引っかかっていた木を見つけたという。投げた法具は「3鈷杵」というもので、引っかかっていた木が松だったことから「3鈷の松」と呼ばれるようになったそうだ。この不思議な松には3股の葉が生える事があり、3股葉を拾って財布に入れておくだけで金運がつくと伝わっている。

高野山に精進料理を食べにいったついでに、ガイドさんに促されて探したが、落ちている松葉は2股の葉ばかりで3股葉なんてありゃしない。なんだか四つ葉のクローバーを探すようにあっちにウロウロ、こちらでガサガサ、無駄に時間を浪費しただけで、結局自力では発見できず、心の広い外国観光客からいただいた。私の金運なんてこんなもんである…。

ただ、不思議な感じが残ったのは、大勢の老若男女が腰を屈めて黙々と探している様である。変異葉を探して私を含め大の大人が必死な形相である。

3股の松葉を見ながら、自分と重ねてみた。
私なんか、肉親から変人扱いされ続けて幾年。どうも協調性のないところが鼻につくようだ。他人は他人。私は私。己の目標に向かっていけば、他人の速度なんてアウト・オブ・眼中なのがいけないそうで、いわば一族の変異種だそうだ。
しかし、亡き祖母は「それが個性だ」と言ってくれた。

昔人の教えはここにあるのだろうか。
松葉の変異を「金運がつく」というフレーズをいれるだけで付加価値がつく。
「他と違っていいんだよ。」という事だと理解したい。
なんだか、弘法大師さんが「自分らしく生きよ」と、言ってくれたような精進料理食べ歩きの旅だったなぁ。
弘法大師さん、社会科の苦手な私はあなたが空海だった事さえ忘れていました。
しかし、あなたが開拓した高野山はなかなかイケてる場所でした。
密教の修験の場所だということですが、あのおいしい精進料理だけを楽しみにまた行ってもいいですか?
軽い気持ちで高野山参りをする後世人が出たことは、やはり「弘法も筆のあやまり」だろうか。やはり、私は変異種なのである。

不況とか恐慌だとか言われつつ迎えた2009年。
こんな個性の強い年は、100年にあるかないかのラッキーな年でもある。
時代に翻弄される事なく己をもてば、10年後の勝ち組はあなたかもしれない。
  
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2008年12月22日

本当にあった不思議な話。木からお咎めを受けた!?(比嘉淳子)

ryuQ100花【12月号】(比嘉淳子)
こんな事を書いて“イッチャッタ人”扱いされると困るのだけど、ホントに怖かったから教訓話として聞いてほしい。カミングアウトした後に輝かしい新年を迎えるべく、師走のこの号に掲載する事にした。

5年前に家を建てた時の長期ローンも恐怖なのだが、今回は“庭から私に向けられている視線”の話をしよう。

大方がそうだと思うけれど新築の話が浮上したら、まず思い浮かべるのは庭付きの一戸建て。プールも欲しいし、カラオケルームも欲しい。サウナもいいな…。
しかし予算の関係上、タタミ1畳ほどの風呂場(と称するプール兼エコーつきアカペラ・カラオケルーム兼西日サウナ)で吉幾三を熱唱後、垣根という庭で涼みで満足している小庶民なのである。

恐怖はその垣根兼庭で起った。

そこは我が家唯一の土があるところ。雑誌をみてはイングリッシュ風に造作し、和風庭園をみては苔を敷き、すっかり無国籍庭になっているが、土いじり大好きの私にとっては唯一無二の場所である。

ただ、鬼門である東北に位置していることから、厄を消すといわれている柊と当時流行っていたシマトネリコを植栽した。

シマトネリコ巷では、鬼門には「難を転じて福となす」から「南天」を植えるといわれるが、この南天、風に弱いので沖縄の強い北風にすぐに降参してしまう。そんなことから南天は南の玄関先に植え、玄関から侵入をはかる難を転じさせて福となせるように図った。
そして問題なのは…、垣根から頭を出すように植えた2本のシマトネリコの事である。

シマトネリコは大木になる樹種だ。よく公園の緑陰樹として見かける。別名そよ風の木というからその涼しげな姿には根強い人気があり、心材の強さからかつてはバットの材料にも利用されていた。
そんな築一年目のある日、ぐ〜んと伸びたシマトネリコに見知らぬ通行人が「こんな狭い敷地によくこのような大きな木を植えましたね」と。

「いや、植えたときには子供の背丈より低い木だったんです。それがこんなに大きくなったんです」と言い訳をしたが、ふっと未来予想図が浮かんだ。この1年で少なくとも1メートルは伸びている。となると、10年後は屋根を越えるじゃないか!もしかしたら、塀や壁を壊したり台風で倒れたらどうしよう…。

一人煩悶すること数日、ついに伐採を決行することにした。

苗木から植えてまだ1年程度なので、きっと楽に抜けるだろうとタカを括っていた。しかし、奴も然るもの、根を縦横無尽に巡らせなかなか簡単には抜けない。1日かかってようやく取り除くことが出来た…。

それからしばらくして、浴室で吉幾三を熱唱後に庭へ涼みに出たら、あるはずのないシマトネリコの陰が地面に揺らいでいた…!
だが、それに気づいたのは部屋に入ってからだったので、もう一度確認をしに庭に出たがそれらしきものは無い。

きっと脳の残像だろうと、その時は気にも留めなかった。
しばらくして、前歯が抜けたような腑抜けな様相の垣根に山桃苗を植えてみたが、1週間と持たない。連作障害かしらと土を大幅に交換したけれど、どの植物も育たない。

ラティスを立てるがすぐに腐る、ならばと大鉢に植わった木を置くが1週間で真茶色になった。それでも垣根を構成している柊は元気いっぱいに育っている。なぜかシマトネリコ跡だけがぽつんと空白地帯になるのだ。この頃から、前歯の抜けた老人が笑っているような庭に、私は疑問を持ち始めるようになった。

そしてその頃、建てて間もない我が家にネズミが走り回るようになった。沖縄の年寄りは「敷地内にネズミが出ると“家屋敷が荒れている”」と占う。土地の神様が荒ぶっているという意味だ。伝でユタを紹介してもらい診てもらった。

齢80歳になる陽気なユタさんは、若い頃の病気でほとんどの視力を失っているという。しかし我が家に入るや否や「涼しげな木を2本、叩きつぶしたね…」と!

どんな木であろうとこの家を守ろうとがんばっているのに、信頼していた主に命を取られた事を悲しんでいるという。それを聞いた時は、“まさか?! ”と思っていた…。

そしてその晩は満月の夜だった…。  
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2008年11月24日

「君知るや 沖縄の宝 銘酒泡盛」と桑の葉(比嘉淳子)


奥手の私が泡盛デビューしたのは、30代後半。
それ以前の私は恥ずかしくも、私の血はワインなのと、女優の様な台詞を宣うワイン派だった。

いえば、泡盛なんて、おっさんが車座になって世迷い言をつまみに飲む酒、とマイナスイメージが頭を占領し、悲しいかな、そんな大人をみて育った少女は、泡盛は御願に使うか料理酒的な使い方をする「女が口にしてはいけない酒」とインプットして、無駄に費やしてきたのだった。(ああ、モッタイナイ)

転機が訪れたのは今から遡ること4年前、友人が那覇市久茂地に古酒Barをオープンさせたことによる。
思えば、これが泡盛信奉者になるプロローグだったとはそのときは知る由もなかった。

オープン当日、タダ酒を飲みに、いや、お祝いに駆けつけると、祝い客「女子の部」でミーグチ(一番乗りの客の意味)の誉れある座を獲得し、カリー(果報)客として刻まれた。(男子の部ではこのサイトでもおなじみの嘉手川学さんだったと記憶する。)

話は反れて、祖母は私の誕生を心待ちにしていたそうだ。
母は、私を孕んだ頃、白い大蛇から子を授けられる夢をみたそうで「ああ!気持ち悪かったわぁ!」という夢で妊娠を知ったそうだ。
んで、生まれたのが巳年の真夏の巳の日。ただ、残念だったのが女子だったということ(嫁ぐという理由から。事実、嫁に行くと決まった日、巳の徳は置いていけといわれた。母ちゃん、そりゃ無理っす)。

祖母曰く、巳年の巳日生まれは大徳があるとかで、新規開店があればミーグチーで貸し出され、クジ引きがあれば寝ていようが連行され、嫌々ながらも礼金でお小遣いを稼いだものだ。振り返れば、祖母や母のマネージャー力もかなりなものだったと思う。「オツムはお馬鹿でも神童だったのに、今じゃね〜」と、母は懐かしがる。

そう、私はカリーを運ぶキューピット役なハズなのに、友人の店で泡盛の奥深さ、魅力にハマってしまい、泡盛コレクターとなり散財することになってしまった。

泡盛は香りも味も時を重ねる毎に熟し、7変化していく奇跡の酒である。
蒸し米に黒麹菌を加え、酵母と水を足して出来た液体のくせして勝手に息吹き、熟成を増して円熟していく。シトラス系、バニラ系、ベジタブル系、グリーン系と風味を変えていくそれには、生まれた土地の土、水、空気の記憶を残しているといわれ、たかが酒なのに生物体としての息遣いを感じずにはいられない。

中にはひねて薄っぺらい味になったもの、素直にまろやかなもの、艶っぽいものもある。
あの暗い瓶の中、黒麹菌の世界でなにが起きているのだろう。
もしや、黒麹菌の世界でも、お昼のメロドラマよろしく、いじめや争い、恋愛や結婚、三角関係から小姑問題などがあったりして、むふふと、妄想はかぎりない。
そんな風に、麹菌が試練を重ねて深い風味を出していたりするのなら、尚、女心をくすぐるのに。

ひるがえれば人生哲学であることに気づいた。
様々な経験を重ね、困難も丁寧に解決してきた人間が老いた時、その人の発する人間味や快い香りに人は集まるものだ。角が取れ丸くなったと表現されたりもする。アドバイスの引き出しの豊富さは苦難の数に比例するものだと思う。

ここまでの話から、連想するのは、「老いて丸くなる」で有名な、「柊」。
我が家の柊をみるにつけ、苗木だった頃、花も咲かさず、角を出し、人を突いて傷つけてきた木だったが、一緒に年を重ねると、葉の角も取れ、丸葉の多い木となった。冬寒い頃になれば、うっすらと甘いバニラ香を放って周囲の人をうっとりさせてくれる。冬の日、庭に出て柊をみては物思いに耽ったりするもよい。そして、若い頃と葉姿を変え、成熟していく木は他にもある。
桑の木がそれだ。

若木の頃は柏のような葉形をしているが、花や実をつけるお年頃になると、丸く柔らかい葉になる。
そういえば、黒麹菌の里は、沖縄自生の桑の木の幹肌にあるという。
幹肌のあの黒い点々が黒麹菌「アスペルギウス アワモリ」の里だそうだ。

きっと、昔の人が、「偶然」近くにあった桑の枝で蒸し米を混ぜていたとき、「偶然」の雨で慌てて瓶に入れたら、「偶然」に芳醇な酒が出来ていて、味をしめたのだろう。

“偶然が重なれば奇跡になる”

こうして出来た奇跡の酒泡盛は酔うために飲むのではなく、是非、ちぶぐわぁ(極小おちょこ)で風味の微妙な変化をじっくり味わってほしい。

私は、防腐剤もなしに何十年と熟成を重ねる姿に私淑を感じる。
ぐわっし!と男前に飲むよりも、チビチビと壮大なドラマを巡らせながら、時には、ひねた古酒にあたって「お里がわかるわね〜」といびりながら飲む酒は、濃ければ濃いほどチビリ具合が要なのだ。  
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2008年10月27日

「オオタニワタリ」(比嘉淳子/ryuQ100花10月号)


今年も、ヘゴに着生させた蘭が大輪の花を咲かせてくれた。

蘭は元々、樹木に着生するのが好きな植物である。雨水を吸い、木漏れ日を受け、枝の鳥から栄養となる糞をもらい、そよ風で涼んで成長していく。

花の時期は長く、ゆうに1ヶ月は香しい香りとともに楽しませてくれるので贈答品として人気がある。ただ、前述したような環境におかなければ、すねてしまう気難し屋さんでもある。

私はそんな蘭を譲り受けることが多い。一時は200鉢以上になったことがあり、鉢を並べられない猫庭ゆえ、ヘゴの丸太に一挙に巻かせる苦肉の策にでた。以来10年。淘汰されて生き残った株100株くらいだろうか。

適当に軒下に置き、適当に水をやり、適当に液肥をやるだけで、夏には夏の、冬には冬の大輪の花を楽しませてくれる

特に、花の少ない夏に、見事な桃色大輪の花を楽しませてくれる「桃ちゃん」は、血管のような根を四方八方に巡らせてシッカとヘゴについている。

今年の花は格段に麗しく「愛いやつじゃのう」と、撫でた時「ンンンッ?」桃ちゃんの血管の上に見慣れない長細い葉っぱがムンズとのさばっているではないか。

こ、これは、「オオタニワタリ!」

とっさに辺りを見回したが、私の知る限り、この周辺でオオタニワタリは見かけない。どこから胞子が飛んできたのだろう…。

察するに、鳥かなんかだろうが、とにかく、我が庭は気を許せないのだ。
こないだは放置鉢に稲穂が垂れていた。今度はオオタニワタリである。
まったく、これは困った。

オオタニワタリは石垣島に行けば高級食材である。こりこりした食感がたまらなく私も好きだ。食べてしまおうかと思ったが、祖母の声が聞こえてきたように感じた。

「オオタニワタリは、金持ちのところから飛んできたら金徳が、貧乏な家から飛んできたら貧乏が移る。だから欲張りな金持ちは、オオタニワタリを植えず金徳が他所に漏れないようにするんだ。」

じゃあ、貧乏脱却にはオオタニワタリをたくさん植えて他所にふりまけばいいのだろうか…。

その家の「運」を媒介するオオタニワタリ。常緑性のシダ植物だ。
蘭が好む環境をオオタニワタリもそっくり好む。
このまま行けば、愛しい桃ちゃんが侵蝕されかねない。しかし、金徳を持っていたら…。

秋の夜長の悩みどころとなりつつあった過般、電気コードを食いちぎった前科持ち犬モモが、これまた同じ名前の桃ちゃんの葉をむしゃむしゃ食べているではないか。しかも、高級食材であるオオタニワタリを上手に避けているのだ。

なるほど、本能のままに生きているうちの犬が避けるぐらいだから、何か曰くがあるに違いない。私の迷いは秋空高く吸い込まれていった。

こうして、その日の夕食にオオタニワタリの和え物が追加され、食卓を賑わせたのだった。  
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2008年09月22日

「稲の妻!」(比嘉淳子/ryuQ100花9月号)


ホント、今年の夏の天気といったら、本土に住む友人各位からライブ配信される「今年の猛暑」と「ゲリラ雨」は異口同音ひどいものだったという。

その中でも筆頭被害者である某外資系企業に勤務する友人なんぞ、気づけば豪雨の中にいたそうで、ナント!彼女の総被害額は、高級バッグ数点とカルガモのような名前の高級靴数点、合算すれば「走行距離の少ない中古車ぐらい」だそうだ。(よくわからんが…)

とにかく、天気予報では<晴れ>のマークだったし、雲ひとつない晴天だった。なのに、たちまち暗雲が垂れ込み「ドリフのカトちゃんが劇中受けるバケツの水量並」の雨量が真上から降ってきたと、荒げて訴えてくる。益々持って理解不能である。

疑心な私にある日、実況中継してきた。
「今、銀座。ザザザザザ…(雨の音か…よく聞き取れない)突然の雨なの。すごいのって…『ガラガラドッカーン!』キャー!聞こえたぁ?カミナリ!言ったとおりでしょ!ザザザザザザ…ツーツーツー」

ハイ、おっしゃるとおりでした。(その雨のせいで携帯電話も水害したオチがある)

もはや、ゲリラ雨に狙われた東京は、ブランド靴で闊歩できない街になりつつあるらしい。突然のゲリラ雨とカミナリ。両方とも怖いなぁ。

ところで、カミナリは「稲妻」ともいう。秋の季語だ。

語源は、落雷の遭った田の稲はよく実る事から『稲の妻』=稲妻になったという。現在の説はもっと科学的っぽい。カミナリの放電により空中の窒素が化学反応を起こし溶解しやすい状態になる。窒素は葉肥といわれるほど植物を大きく育てる肥料分である。その窒素が雨水に溶けて降ってくるから、カミナリの後の雨は「天然の液肥」になるそうだ。そういえば、うちのじいちゃんも「天水は草木を茂らせる」とよく言っていた。

となると、街路樹に「マメ科」の木はいかんのじゃないか?だって、マメ科の植物は空気も雨も上手に栄養にしてグングン育つ。

マメ科の植物は根に「根粒菌」というバクテリアを飼っている。根粒菌は光合成できない代わりに宿主である植物から光合成産物をもらい、植物のほうは根粒菌が空気中の窒素を固定し「アンモニア」にした栄養を得て成長していく。なので、やせ地でもマメ科の植物はよく育つ。例えば、レンゲソウは緑肥として利用されている。

沖縄の県花「でいご」はマメ科だ。黄色の花が垂れ下がる「キングサリ」「オオゴチョウ」健康食品で名を売った「ギンネム」もそう。これらは街路樹としてよく見かける木だ。

「でいごは家を割る」とよく聞くが腑に落ちる話である。厳しい環境下でも栄養補給が出来るので肥料をやらなくてもドンドン育つのだ。(空気を吸っても太る体質の私もマメ科)

沖縄の気持ちよく晴れ渡った青空を仰ぎ見つつ、アスファルトで固められた東京の街を思い出していた。逃げ場を失った雨水は、やがて人を襲うようになった。

沖縄では、逃げ場を失った根がアスファルトの道を割り通行の邪魔をしている。本来の姿では、雨水は土が受け止め、根は土中深いところで地面を支えてきた。自然の包容力が失われたとき、ゲリラ化した「天の恵み」は人に牙をむき出してくる。

ああ、なげかわしくも紀元前にはノアの箱舟が活躍したというのに。21世紀の今、あれだけの材料を賄える森林があるのだろうか。プラスティックなノアの箱舟もちょっとなぁ…

真面目に、地球がやばいのではなく、ヒトがやばいことに気付かなければならない時期に来ていると思う。

あのゲリラ雨は「ドリフのカトちゃん」ではなく、「ひょうきん族の懺悔コーナーで太ったキリストが示す×」ではなかろうか。くわばら、くわばら。  
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2008年08月25日

「米寿」と「お米のチカラ」(比嘉淳子)

「米寿」と「お米のチカラ」(比嘉淳子)
旧暦の8月8日は「米寿の年日祝い(トゥシビー祝い)」だ。
沖縄では米寿の祝いを「トーカチ」という。トーカチとは「斗かき」の事で、米を計る際、升に盛った米を升のふちに平らになるように切る竹の筒をいう。

トーカチの祝いの席には、大盆に米を山盛りにしてその上に斗かきを挿す。その横には塩を升に盛って「親は塩漬けにしてでも長生きさせたい」の気持ちを込めて並べるのだ。う〜ん、沖縄っぽい。そして、この斗かき「ちょうど」という意味を持たせることもあるそうで、酒を注ぐときに「とーとーとー」という合図もその由来だと、誰かが言っていた。

そんな米寿の由来は、八十八を縦に重ねると「米」になるからとか、また、一説では上から読んでも下から読んでも「米」になるので、天から見ても人から見ても「米」なので縁起がいいとか、イロイロである。


では、沖縄での米寿の由来はどうだろう。
どれほど昔か知らない程昔、首里に親孝行の息子がいた。十八才のウマチー(沖縄の旧暦行事)の日、ウマチーは海留め、山留めといって海や山に入ってはいけない決まりになっているのに、この時ばかりはどうしても山に入らなければならない用事があった。

山の入り口で一礼した後、慣れた山道を進んでいくのだが、どうも勝手が違う。
とうとう深い山奥で迷ってしまった。すると、木々の間から人の声がする。近寄ってみると山の神様が二人囲碁を打っている。(言い伝えでは、ウマチーは神々が集まって人の寿命や作物の出来高を決めるミーティングをしているという。なので、その日には海や山に入ってはいけないと伝えられている。)

若者が耳を澄まして聞くと、自分の名前が出てきた。
「あの若者は、たいそうな親孝行だが、かわいそうに18歳までの寿命じゃ。これは決まりだから仕方がない。」と、囲碁を打ちながら話している。自分の命が今年いっぱいと聞き、ショックを受けた若者は、迷いながらもようやく家にたどり着き、山で聞いた話を両親にした。

驚いた両親は酒とご馳走をもって息子の案内で山の神様のところまで行き、持参した酒やご馳走でもてなした。二人の神が酔ったところで息子の寿命を延ばしてほしいと懇願する。

しかし、天の帳簿を開いた山の神は「十八と書いておる。これではどうにもならん」というが、もう一人の神が「十八の上にノを2つ足せば八十八になるじゃん」といって書き足してくれた。そのおかげで、その青年は88歳まで幸せに暮らした、とさ。

囲碁を打ちながら人の寿命を決めるってどうよ!って突っ込みたくなるが、この両親の知恵のおかげで神様の口説き方が今に伝わった。沖縄で拝みをするときの必須アイテム『ビンシー』(酒と米がセットされた木箱)はこの時からの由来だそうだ。

酒の力で神様に約束させるなんて、人間のほうが上手だったりする。
その酒は米から出来る。

人間だけでなく神をも酔わす力を秘めた米は、神聖なものとして「魔よけ」にも使われる。私の祖母は厄除けに塩と米を混ぜて使っていた。

不思議な力を持つ米は世界三大穀物(小麦、とうもろこし、米、の3つ)の一つで、世界の人口を支えてきた食料の一つだ。

沖縄には伊波按司が唐から稲を持ち帰り、玉城の受水走水の御穂田に植えたのが始まりとされている。温暖な気候のため米作りは沖縄に適しているものの、台風が多い事、水田を保持できる川が少ない事、安価な輸入米に押されているなどから、沖縄の米の生産量は需要量の4パーセントに留まっているそうだ。

来年は我が舅のトーカチである。
そんな我が家に不思議な事が起こった。

庭の片隅に放置しておいたマコモの鉢に稲穂が実ったのだ。
来年のトーカチ祝いは、この稲穂から増えた自作米で盛大に舅の長寿を祝いたいと計略している。  
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2008年07月28日

「沖縄のカタチ・おまじない」(比嘉淳子)


あれは、5年前になるだろうか。
沖縄の冬特有の強風「ニンガチカジマーイ」の吹く日、新築したばかりの家でぬくぬくとコタツでみかんを前にして幸せなひと時を過ごしていた。
コツっと、何やらガラスに当る音がする。
体を起こして音のほうへ視線をむけると、鳥がガラス戸に当っては落ち、当っては落ちを繰り返している。哀れに思いガラス戸を開けるとその鳥が勢いよく部屋に侵入してきた。

子ども達は大喜び。しかし、年寄りは大騒ぎになった。
「スーサーだ。厄だ!厄がいっちょーん!(「厄が家に入ってきた!」という意味)」
スーサーとは「ヒヨドリ」のこと。
スーサーは庭のギャングといわれ、みかん、ピーマン、毛虫だろうが何でも食べてしまう。スーサーがいる庭には他の鳥が住み着かないといわれるほど貪欲な鳥である。そのスーサー、後になって知ったのだが、「大厄」を運ぶ地獄の使者として嫌われているという。

すぐさま私は「スーサーによって穢れた女」のレッテルを貼られ海へ連行された。
真冬の荒波に身を任せ、スーサーが運んできた「大厄」を海に流し身を清める、というのだ。いわば「簡易禊」(みそぎ)である。
到着した海は「波の上海岸」。
学生時代のテリトリーで、甘酸っぱい思ひ出で胸キュンな海。なのに、何の因果でこの真冬に立っているのだろうか。
家族は暖かい車内から私の様子を(面白がりながら)伺っている。
ええいっ!ここで「入水」しなけりゃ女がすたる。「オンドリャ〜!」っと足を突っ込んだ。
南国の海とはいえ、季節は冬。みるみるピンク色だった足は紫色になり、心臓がいったん止まった。(ような気がした。)

「ナニをしているんですか!!」
振り向くと、一見して観光客だとわかる上品なご夫婦が私に向かって走ってくる。
「何があったかは知らないが、必ずいい事は来るもんだよ」と、初老の紳士。
傍らのご婦人がピンク色のストールをかけてくれた。
「ジバンシーだ。」

全然関係のない事を考えている私に、一生懸命になって人生のすばらしさを語ってくれたあの時の方、その節はお世話になりました。
イロイロあって「入水」しましたが、アレは「おまじない」だったんです。

「禊」が不成立だったせいか、その年の夏、信号待ちをしている私の後方から車が突っ込んできたというオマケがあった事を付け加えよう。

以来、「厄払い」という言葉に異常に反応を示す体質になり、我が家を包囲するよう「厄を祓う植物」と「福をたらふくもたらせる植物」をわんさか植え、何とか今日に至っている。

今回に限り「厄を祓う植物」をご紹介しよう。
「やつで」という植物。別名「テングノウチワ」。“八手(ヤツデ)”の由来は指がいっぱいあるようだ、というところから。

よくパキラに間違われるが、「ウコギ科」の常緑植物で、暖かいところの海の近くを好むが沖縄の太陽では葉焼けを起こしやすいので我が家では裏戸の軒下に鉢植えで置いている。
「魔よけの専門家」に聞けば、どうやら玄関脇に植えたほうがご利益はあるらしい。

しかし、我が家の玄関には“植物界のセコム”といわれる「観音竹」が私の肥培管理の元スクスク育っているから割り込む隙がない。そう、玄関には泥棒よけに「観音竹」が活躍する。
怪しいものが近づくと人の姿に化けて追い返すそうだ。

門の脇には「モクビャッコウ」石敢当の代用に植えてある。
宮古島の友人から門には「くちなし」がいい「口難を解くから」と勧められたが、あれは蚊が好む植物で、しかも、先の“魔よけの専門家”に言わせれば「子どもが家業を継承しなくなる」と聞いて止めた。別に大した家柄ではないが、我が家の子ども達はこの家をこよなく愛しているので、子ども達の夢に1票。で、その代わり「桃の木」を「百百(もも)=百代までも」にちなんで植えたのだ。

ザッと挙げただけでもなかなか意味深い。
私には見えない世界だけれど、ヤナムンの目からは「有刺鉄線包囲の家」に見えているのだろうか…  
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2008年06月23日

「白花が美しい『イジュ』も…」(比嘉淳子)


今年の春先。庭いじりをしていたら突然腕に痛みとかゆみがドッキングした妙な感覚が走った。「やば!」瞬時にわが腕にナニが起こったか察しがついた。

「毛虫だ。奴に違いない」

ガーデニングを趣味に持つ人の悩みベスト1が「紫外線によるシミ」、2位が「水遣りや消毒が難儀」、3位が「生物による被害」だ(と推測する)。

この3位の「生物」にやられた!と思ったのも、沖縄では2月になればサツキや桜が花盛りである。しかもこれらの木には「毒蛾の幼虫」が好んでつくのだ。

刺された腕はみるみる真っ赤に腫れ上がり、マダラ模様になった。痛いし痒いし、皮膚をカッターでこそぎ落としたいくらいに激痛が走る。

よく見ると、毛虫の産毛のような針が刺さっている。足元には数匹の黄色と黒の色鮮やかな毛虫がウネウネしていた。踏み潰し微塵に討伐した後、勢いよく水で洗い流したが、かかる水さえ痛い。「もう!! ガーデニングなんて止めてやるぅ! 草を焼き払ってやる〜!」。周囲3メートル内の人がドン引きしているがそのくらい痛い。

ここは、都市の住宅街であるから焼畑はできないし、そんなこと当たり前だ。憎しは虫であり、庭ではない。しかし、あの時は庭があるから虫が来る。そうでもしなけりゃ気が済まねぇ〜!の一念しかなかった。

幸いな事に近くに医者がいたので早急な治療を施してもらい、庭も焼き払わずに済んだ。あれから数ヶ月経過するが、今なおマダラ模様は広範囲にやわらかい内腕に残っている。
大体だ。毛虫の分際で毒を持つ事が気に食わない。

毒といえば「ハブ」ではないか。あの鎌首をもたげて「くわぁ」っと大口を開けてこそ威光があるってものなのに。そこで世の中、異に『毒持ち』の多い事に気付いた。

ハブくらげにイモガイ、毒魚にサソリ、毒蜘蛛、スズメバチ、毒女のお局様。
ああ、挙げればキリが無いほど。そして、植物にも有毒植物がある。

代表をあげれば「夾竹桃」。耐潮性・排気ガスに強い事から街路樹や公園に植えられているが、弁当を食べようとしてお箸を忘れた子が、夾竹桃の枝を折り箸代わりにしたところ中毒を起こした事故があった。

また、最近、イングリッシュガーデン人気で広まった「エゴノキ」。白い小花が涼しげでいかにも洋風な家にぴったりな木であるが、実にサポニンという有毒物質が含まれている。他においしそうに見える「琉球柿」、青紫の花がかわいい「ルリハコベ」、沖縄うりずんのシンボルともいえる白花が美しい「イジュ」、ガジュマルに似ている「シマシラノキ」、海岸で見かける「シイノキカズラ」などなど。

これらは、『魚毒』に使い、昔は枝や葉を海中に投棄してその『毒』を利用して浮いてきた魚を獲っていた。しかしながら、現在は、『水産資源保護法』で毒物による漁業行為が禁止されているので絶対にやってはいけない。

では、何故ここにあげたかっていうと、家庭での植樹を避けたほうがいいから。
毒と言っても使いようで漢方薬になる植物もある。
しかし、専門的な知識の無いものが簡単に手をかけるものではない。

子どもがいれば、なおさらの事。庭木を選ぶときには、ガーデニングの本に掲載されているからと安易に植えるのではなく、専門家に吟味してもらった上で植樹して欲しいと切に願う。  
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2008年05月26日

「エンマ様の庭木に“相手を思う樹”を」(比嘉淳子)


5月後半の沖縄はもう梅雨だが、前半のゴールデンウィークは天気にも恵まれ、主婦としては充実した日々を過ごし、たっぷりの充電期間後の初仕事がなぜか「家庭裁判所」訪問である。
(誤解のないように言っておくと、我が家はいたって「円満」であるからご安心を!)
人に頼まれて、ちょっとした届け物を預けに立ち寄ったのだけど、約束の時間より早めに到着したので、せっかくの「家庭裁判所デビュー」に恒例の「世間さまウォッチイングゥ」をしないわけにはいかない。

広い駐車場のサイドに広がる法面には「タイワンレンギョ」で「かていさいばんしょ」と文字が描かれていた。実はこの場所、幼い頃の遊び場だったのである。
実家は背を伸ばすと見えるほどの距離。母がテレビを観ているのがわかるほど近いのだ。
「かあちゃ〜ん」と声を掛けたかったが、何せ「家庭裁判所」にいるのでさすがにやめた。

建物の中は案外明るく受付の女性も感じがいい。
「ふ〜ん、テレビドラマのイメージとは大違いじゃないか」と思いながら勧められるままにパステルカラーのソファーに座った。
しかし、このソファーたちが妙に点在し、不自然な位置に置かれている。
「こんなんじゃぁスペースの無駄でしょ!」とツッコミを入れたくなった。

しばらくして、女性が入ってきた。目が真っ赤である。追うように男性が入ってきた。両者、目と目が合う! 殺気が漂った!
(「!?」タブン、夫婦か・な?夫婦なのに、遠くの席に座った。)

側のテレビがさっきからずっと同じ番組を放送している。
「調停というものは、離婚、親権、財産の…」と始まり「それが、調停で解決できなければ審判となります。」のような事がずっと流れている。

つまり、大人の喧嘩が、スイミングスクールのクラスのように「めだかさんコース」から始まり「いるかさんコース」に発展し「オリンピック選手養成コース」になるになるのだな。フムフム、と私流に解釈していた。

それからというもの、入場してくる人の顔は鬼のような形相の人たちばかり。一見して親族だなと思われるような“そっくりな人たち”がそれぞれ遠くに分裂して腰掛けているのだ。
道理でソファーの位置関係が多方面に置かれ、不自然だなと思ったわけである。
一般の人々なのに強面の人がドンドン増えてきた。何だかいたたまれない…。

目の前のおじさんが私の隣のほうに居る男性に「えー!いったぁ フラー父ちゃんは?」と言い、その兄さんはギロッと睨み返し「ポッテカおじさんに会わせたくないばぁよー」と、答えた。私を挟んでこの会話である。「ここは、地獄か?!」

裁判所という所は『エンマ様の住処』というイメージが強烈にインプットされてしまった。きっと、2階の各部屋(現場)では怒号が飛び交い、泣き声が響きこの世の地獄絵となっているのだろうな…。

ようやく知人が現れて地獄からは開放されたのだが、彼らから吐き出された「いやぁな感情」に汚染されたようで一刻も早く解毒したかった。

5月といえば春うららかな季節で、沖縄ではつい先月まで「清明祭」で一族郎党が先祖の眠る墓地に会し、亡き先祖たちと一緒に楽しく会食を共にしたのである。
「5月は憲法月間です。身近な人の人権を考えてみませんか」の垂れ幕が悲しい。

歩みを止めて空をみあげると、一面に広がる「相思樹」の黄色。
5月は「相思樹」の季節なのだ。そう「“相手を思う樹”」。

黄色の小さなぽんぽんのような花が、うっすらと甘い香りを漂わせている。
マメ科の「おじぎそう」の仲間である。木ですら「おじぎ」をするのだ!

相手の立場を思いやり、礼を尽くす。そうなれば、閻魔様も暇になるはずだ。
沖縄は「守礼の邦」だった。廉恥を忘れた現代人は一体どこに向かっているのだろう。  
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2008年03月24日

ryuQ100花3月号:沖縄・生めば都!子宝をもたらす植物?

ryuQ100花3月号「沖縄・生めば都!子宝をもたらす植物(!?)」
沖縄は日本一・子沢山な県だ。夫婦に3〜4人の子どもがいても別段驚きでもない。
結婚して11年間子宮が空室になった事がないと自慢げに話す友人がいるが、とにかく会う度に赤ちゃんをダッコしているか妊腹なのである。彼女から来た今年の年賀状には「今年から産児制限します」と、年頭の挨拶には似つかわしくないコメントが書かれ、その背面には、ウジャウジャいる子ども達と赤ん坊に髪の毛を引っ張られつつも、満面笑みを浮かべ座っている彼女がいた。

とにかく沖縄って子どもに大らかな島で「生めば都」というか「みんなで育てるサァ」精神で一族や近隣で子どもを育てていく、いわば、子育てが終わってヤレヤレの時代が訪れにくい島である。
その彼女であるが、結婚前に「子宝草」という多肉植物の葉っぱを石垣島土産にもらったそうだ。ご利益たっぷりのその葉を分けてもらったが、我が家ではすぐにしおれ、いつの間にかミイラ状態になっていた。(名誉のためにいっておくが、説明通りに育てた…)

子宝草は、カランコエの仲間で葉っぱの脇に小さな子葉っぱをたくさんつける植物で、子株をたくさんつけた様子から「子宝草」の名前がついたと思われる。
沖縄では、ハガキ大のビニールに入れられてみやげ物として売られている。また、結婚の御祝儀カードに子どもに恵まれますようにと、添えられる事も多いそうだ。

「2人しか生まないねぇ」
と、周りの諸先輩方にため息をつかれる私なんか、彼女のあの姿は慈悲あふれる観音菩薩のようで真似どころか想像すらできないプロジェクトであるのだ。

沖縄で子孫繁栄的植物「ターイモ」
とにかく、沖縄には「子孫繁栄植物」がたくさんある。それは…  
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2008年02月25日

ryuQ100花2月号「住んでいる土地の土に生かされている」

ryuQ100花2月号
「粗物上戸は、胴頑丈さん」=「粗食は体を丈夫にする」

「そして人間は住んでいる土地の土によって生かされている」

我沖縄県男子諸君は、誇たる長寿ナンバー1だったのに、26位に下がってからというもの「メタボ、メタボ…」と呪文のように唱えては、まるで臨月様の腹をさすっている。
スポーツジムの帰りには、居酒屋で打ち上げをして今日の反省と明日への「メタボ」解消へ夢をかけて乾杯するのだ。
そして、そこでの話題といえば、メタボをどう克服するかの議論を展開させ、自慢の腹を酒と肴でもっと膨らませて帰宅するのである。
知り合いの内科の医師は「本人の自覚がないとメタボは解消できないんです。どんなに、検査データーを見せて説明しても日々の生活の反省をしない。これじゃ、長寿ナンバー1なんて返り咲けるわけがない」と、嘆いていた。
加えて、沖縄の人間は、DNA的に長寿と思い込んでいる節があるという。

肉なんて、とても特別な時でなければ食べられないような時代を、我々沖縄の祖先は歩んできた。
100歳を超えるお年寄りに若い頃の話を聞くと、
「芋の葉を食べていた」とか「食べるものなんて葉っぱ以外なかった。肉なんて行事の時にしか出てこなかった」など。

今で言う、ダッシュ食生活だ。その上、農業で肉体労働をこなしている。つまり、血管に油や余分な栄養素が溜まる暇がないのだ。摂取した栄養素は労働によって消費されていく。
その上、沖縄の水はミネラルが豊富で血管をやわかくするといわれている。
これらから沖縄の長寿は確立したものの、現在に至ってはどうだろうか。アメリカ世になってから、脂肪たっぷりの食生活、移動には車がかかせない。
こうなっちゃぁ、皮下脂肪だけじゃなく血管にも脂肪が蓄積され、いわゆる「26ショック」になり、短命へのカウントダウンがはじまるのである。(沖縄のオジィをタンメーというが……まさか???)

そうそう、血管に詰まった油は簡単には落とせるものではないらしい。
血管壁に浸透するようにはびこり堆積されていくっていうから怖い。
人類創世来、ヒトは常に飢餓との闘いで、脂肪をためる体を作ってきたといわれている。現在のような飽食にヒトの体はまだついていっていないのだ。
今の飽食の生活にヒトの体がついていくのには、人類創世から今日までと同じ長い時間を要するといわれている。

前置きが長くなってしまったが、沖縄はかつて長寿の邦であった。
それは、食生活からきていたのだが、それが崩れてきているにもかかわらず、沖縄県以外の人は、今の沖縄の食は長寿食と勘違いしているのかもしれない…  
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2008年01月28日

ryuQ100花・1月号『クワディサー』(モモタマナ)


2005年に出版した『沖縄の庭を見直そう 琉球ガーデンブック』(ボーダーインク刊)のきっかけになった木だ。
それまで沖縄の植物に関する云い伝えはおもむろに聞いてはいた。
どれも皆「フーン…」という感じだったが、ある設計士から「クワディサーは、家に植えるのを昔の人は嫌がりましたよ。人の泣き声を聞いて大きくなるんですもんね。」
こともなげに言ったその台詞が衝撃だった。水や肥料ではなく、泣き声を聞いて大きくなるぅ!?
そういえば、お墓に植える木だってウチのバァちゃんも言っていたなぁ。
お墓でシクシク泣く未亡人を見ながらうれしそうに大きくなるのだろうか…?
い、いやらしい木だ。
そう思いながらも、無性にこの木について取材をしたくなった。
こういう時は、お年寄りに聞くのが一番!

てなわけで、お年寄りに遭遇する確率の高い病院はもちろんのこと、もやしのひげをとっている商店のおばぁさん、御嶽でウートートーしているおばぁさん、私がお年寄りと認定した方々に直撃インタビューをした。「クワディサーって…」の質問に「ああ、泣き声を聞く木ね」って。
「!」うれしかった。

クワディサーは、別名『ももたまな』『コバテイシ』
シクシン科の大木で、落葉樹である。手の平大の大きな葉をつけ、枝は横に広がる性質を持っている。横にかなり広がるので緑陰樹として墓地によく植えられ、沖縄の強烈な太陽光線からご先祖様をお守りしているのだ。沖縄では、旧暦の3月の清明の季節に「シーミー」という行事が行われる。一族郎党でお墓を清掃し、その後お墓の前でご先祖様らと楽しい会食をするのだ。お弁当を広げて生きている人もあの世の人もピクニック気分でお墓で過ごす行事である。

その年、私はさっそく仕入れたばかりのネタを親戚一同に披露したくなった。
口を開こうとしたそばから叔母が、
「あの木はクワディサーといってね、33年忌が終わったら骨を骨壷からこぼして土に返すさーねー、その骨の栄養を吸って大きくなるからお墓のクワディサーはご先祖様と一緒だよ。みんなを見守っているよ。大事にしないと。」
「へええ!!」。
今度は、高校生だった娘が、
「先輩が学校のクワディサーには、どんなに暑い日でも3年生になったら近寄るなっていってた。泣き声が好きだからって。受験には泣きたくないジャン!」
「へええ!」
わが娘よ!案外かしこいじゃん!ってな親ばかな事を考えつつ、こりゃ記事にしようと思い立ったわけですな。

沖縄の植物の云い伝え。
クワディサーをきっかけに芋づる式でネタが出てくる出てくる…。
庭だけじゃなく、沖縄の植物は本土では、観葉植物として流通しているので、植物を選ぶ際の参考に一冊いかがでしょう。

それからもクワディサーという木は、いろんなところで目に付くようになった。

健康食品店の前で、
「悩む男性の救世主!コバテイシ(クワディサーのこと)強い男を作ります。夜の自信におススメです!」

民芸店のまえで、
「モモタマナ(くわでぃさーのこと)染め。シックな茶色が落ち着きを感じさせます」

そして、昨夜、
「ウルトラマンの顔ってさ、クワディサーの実をデザイン化したんだよ。」
新しいネタである。

ウルトラマンの生みの親・金城哲夫氏は、こよなく平和を愛し、争いを否定した人だったそうだ。

金城氏は、ウルトラマンの顔を作るとき、故郷沖縄で見た「クワディサー」の云い伝えを思い出したという。たくさんの想いを込めてクワディサーの実に目をつけたのだ。

争いで泣き声を増やして欲しくない。
正義の味方こそ強い男である。

子どもへ正義のメッセージを伝えると共に、大人へは平和のメッセージを伝えたかったのである。
人の泣き声を聞いて大きくなったクワディサーの実は、強い正義の味方・ウルトラマンに変身し、人の泣き声を「うれし泣き」にしたくてこの世に生まれてきたヒーローなのだ。

ウルトラマンの最終回から数十年、クワディサーつながりでようやく見えてきたウルトラマンの素顔。
子ども達にも伝えていかなくちゃ!


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。


(協力:oNLINE 植物アルバム)  

2007年12月24日

『願いが叶う?お守りになる植物たち』


苦節十数年、切望したあの木を入手したのだ。
それは、まったく意外なところで出会った。というより、灯台下暗しとはまったくその通りで、ヒョイと顔を出した産業祭りの園芸フェアーでのことだ。
何を聞かれても「あるよ」と答えている台湾なまりのおじさんの店は、質問攻めの客でごった返していた。私も便乗し冷やかしで「仏手柑(ぶっしゅかん)、ありますか?」と聞いてみた。「何?それ?」と専門店でも切り返されてきた質問なのに、「ああ…あるよ」と予想外の嬉しい答え。思わずワタアメを落としそうになった。

そして、人気ドラマに出てくるあのマスターのように、台湾なまりのおやじは、虫食いだらけの大鉢をドン!っと前に置いた。
「あんた、よく知っているね。縁起物だ。仏の手の形の実を結ぶ。この実を煎じて飲むと体の毒を出して、花のにおいは幸せを運ぶんだ。この鉢は祭りのたびに持ってきているが、訊ねられたのは今日が初めてだ。こんなに大きくなっちまったが、安くしとくよ」
おお!! 毎年、顔を出していたのに、こんなに大きくなるまで私を待っていたのね!と、迷わず買った。だけど、決して、安くはなかった…。
虫食いの株は、大体が鉢の中に虫が潜んでいる。夜のなると這い出てきて葉や茎の皮を食べるのだ。なので夜は懐中電灯を持って虫を潰していたって訳。後は土を入れ替えて様子を見るだけだ。

かつて、美白にこだわり、買い物も夜に済ませるなど七難隠すための努力を惜しまなかった私を、一気に迷彩肌にしたガーデニング。
「ガーデニングにハマッタ理由ベスト3」で堂々1位に輝く理由が、沖縄のおじぃちゃんやおばぁちゃんが口にする「悩み事を解決し、幸せを運ぶ植物がある」のだ。
お年寄りが言うと、眉唾な話でもそれなりに聞こえてしまうから不思議。それに呆れるくらい沖縄には植物に関する逸話が多い。
例えばこうだ。
「クワディサーは、人の鳴き声を聞いて大きくなるから家には植えない」
「バナナは大きくなると歩き出して、家を潰す。そして子が親を倒す」
「びわを植えると、病気の神様が入り込む」など。
先の仏手柑の話は、大陸帰りというおじいさんから聞いた話だ。


なんでも、「ざくろ」「仏手柑」「桃」は「三柑の実」といって、それぞれ子宝・金運・魔よけの効果があり、家に植えられなくても絵を飾るだけで福となすらしい。
京都の栄観堂のあの有名な『長寿飴』も仏手柑が材料だ。仏が合掌したような実がますますありがたさを醸し出しているからだろうか。

とにかく、根拠がないっちゃぁ、それまでで、科学脳で考える頭のいい人には向かない話でありまする。
ところが、その話をすると「そういえば…」と心あたりがあるという経験者が多い事も事実。実際、私自身も「そういえば」の経験者なのだ。
これらの話は、ページ数の制限もあって割愛するが、もっと知りたいとご希望される方は、著書『琉球ガーデンブック』(ボーダーインク社刊)に詳しく書いてあるので、是非。

それにしても、こうした言い伝えがある沖縄のお年よりは、なんとも穏やか。
園芸の話で、御願の話で、子育ての話で、戦の話で、年齢の垣根なく話し込んでいける。学ぶ事も多い。本土から沖縄のオバァさんらに癒されに来るというのもうなずける。

あかの他人でも、孫と重ねてみてくれるからだろう。
ついこないだ、大阪で電車に乗っていたときのこと、身なりのきちんとしたおじいさんに「電車にこの大荷物はなんだ!」と、どやされひるんだことがある。バーゲンの帰りに電車に乗っちゃいけないのかと言いたくなったが、年の功のある人に言われたのだから私に落ち度があったんだろうと反省した。
が、昨今、簡単にキレる大人が問題になっているそうだ。年を重ねると丸くなるはずなのに、今日日は角が研ぎだしているそうだ。
動物でも植物でも命のあるものを育てる事は、慈愛の心をも育てていく。

かつて、盆栽といえばお年寄りの趣味だった。今では、若者や欧米の人にも人気がある。
若者らのほうが、自身のストレスに敏感に反応し対応しているのだろうか。
最近、キレやすい・イライラするなどの症状がある方には、趣味の園芸をお勧めする。
植物達は、みんなに幸せをもたらせてくれる「お守り」にもなるのだ。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)
2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年11月26日

ryuQ100花・11月号『まんじゅしゃげ』

まんじゅしゃげ
まんじゅしゃげ。別名は、彼岸花、毒花、幽霊花、地獄花、死に花、しびれ花…たくさんの名前を持つこの花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。毎年、お彼岸の頃に合わせた様に咲くので、一般には「彼岸花」で知られています。
私は、山口百恵さんの歌でこの花を知り、夜空に花火が打ちあがったような花姿に、歌も相なって魅了されました。
でも、私なら「お祭り花」とか「花火花」とか「キャンプファイヤー花」とかつけちゃうのに…なぜ、こんな怖いネーミングがされているのでしょう。

まんじゅしゃげ実は、よくご覧下さい。
スーっとのびた茎に葉っぱが見られないでしょう。
秋雨が降り始め、朝夕の気温が落ち始めたころ、地中からスウっと茎を伸ばしはじめ、急激に成長したと思ったら、パッと花を咲かせます。5日ほどで花が終わると、今度はスウっと葉がのびてきます。そして、葉だけの姿がしばらく続くのです。
普通の植物と逆の過程なので、まるで時間を遡っているかのようです。

そのプロセスが「あの世」と「この世」を彷彿させたのかもしれません。
全草にわたり有毒で、特に鱗茎に「リコリン」というアルカロイドを含む植物です。
花の終わった後の葉だけの姿がニラやアサツキに似ており、間違えて食した人が吐き気や下痢、重症になると痺れなどの中毒を起こすケースもあるそう。子供たちが被害をこうむらないように炎のような花姿を利用して「この花を触ったらやけどするよ!ホラ、アッチッチ!」と、言い聞かせたくらいだそうです。

ここで気づいたのですが、名前って、その固体の注意を喚起する隠語のときもあるんですね。不気味なネーミングで注意を促す。理屈をこねられるよりも脳みそに直球で注意書きがインプットされるようじゃありませんか。最近の注意書きの洪水には、辟易するところがありますが、ネーミングで食指を折る技って、昔の人たちがいかに想像力たくましくそして、道徳心があったかを証明するものであります。

しかし、こんな毒も使いようで、ネズミやモグラ、害虫を忌避させる効果をねらって田んぼや畑のあぜ道に植えられたっていうんだから、人もさるもの。
この、仏花として供えられるまんじゅしゃげ。炎のような赤い花は、ながめているだけで悪行から離れられるといいます。「まんじゅしゃげ」とは「天界に咲く花」という意味で、吉兆時には天から降ってくるそうです。
田んぼや畑に咲き誇り、恵みの「口福」をもたらせてくれる花なのかもしれません。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年10月22日

ryuQ100花・10月号『まんず・万寿、菊酒のはなし』

ryuQ100花・10月号『まんず・万寿、菊酒のはなし』
中国では、古来より奇数を陽数とし、月と日が同じになる日をめでたい日、とする思想がありました。例えば、1月1日正月、3月3日ひな祭り、5月5日端午の節句、7月7日七夕、9月9日重陽の節供です。11月は10の数位以上なので含みません。(ちなみに11月11日は「世界平和祈念日」だとか)

特に、重陽の節供は、九が重なることから重九→重久→長久に結び「健康・長寿」を願う日になっていったようです。
また、それぞれの節供には「おしるし」のように植物が附属されています。
ひな祭りの「桃」、端午の節句の「菖蒲」、七夕の「竹」、そして重陽の節供には「菊」が添えられ、「菊の節供」といわれる所以になっています。
その「菊」は、観賞用になる前は、不老長寿の薬用植物、今風に言えば、アンチエイジングな植物として用いられた植物だったといいます。なんて崇高な花なんでしょう。
ただ、菊は、供花のイメージが強すぎてアレンジが難しいと言われる花です。
恋人からもらった花束が菊だったので愛を疑った、という女性もいるほど。
実は、私にも菊にまつわる苦い思い出が有ります。

私の通っていた幼稚園では、園児一人一人に「おしるし」といって、花が宛がわれていました。かばんや絵本袋から靴、靴下、帽子、水筒、弁当箱にいたるまで、あらゆるものに「おしるし」が記され、一度決まれば、卒園までの三年間、ずっとお付き合いしなければならないのです。
で、入園式に下された私の「おしるし」が、「菊」。
3歳児の頭でも、かなりショックだったらしく「カトリックなのに菊かよう!地味すぎっ!」と、先生に詰め寄った記憶があります。愛らしいチューリップや絢爛なバラ、清楚なユリの花に囲まれた地味な幼稚園時代は、三つ子の魂…ではないけれど、トラウマになって残っていました。しかし、卒園から40年近く経ち、世の中に「アンチエイジング」の言葉が連呼される度に誇らしく思うのです。私と「菊」の関係が。
今や「菊」を栽培し、食事のみならず、フラワーアレンジにガンガン登場させるほど関係が修復されました。

さて、話が反れているようですが、先の話は続いているわけで、中国からの流れが強い沖縄。
私達の祖先は、他所の文化を溶け込ませる事に長けていたようです。
重陽の節供も然り。沖縄なりに発展・進化させてきました。

旧暦の9月9日の重陽の節供は、「家族の健康と長寿」、「国の発展と安泰」を祈る日としました。各家庭では、ヒヌカンや仏壇に菊の葉を三枚浮かべた酒を供え「家族の健康祈願」をし、また、各集落の御嶽では、「集落の発展と安泰を祈願」する祭事を行うようになりました。
暑さも峠を越し、南国の秋日に人々が集い、集落の御嶽に菊酒と供物を捧げ、近況を報告しあい菊酒で祝杯をあげる賑やかで楽しい行事は、これからも守り続けていきたいものです。

また、常々の菊を楽しむ方法としては、菊花茶がおススメです。
乾燥した菊花に熱々の熱湯をかけると、茶器の中でゆっくりと開き、芳ばしい香りが体を包みます。この香りが風邪、頭痛、眩暈に効くといいます。
園芸では、キク科のマリーゴールドは、土中の線虫を忌避し、余分に施肥した肥料分を吸収してくれる「クリーニングクロップ」として有機栽培にはかかせない植物です。
このマリーゴールド、年配のかたには「万寿」といったほうがピンとくるかもしれません。また、場所によっては「万寿」は菊を示すところもあります。
「よろずのことぶき」先人のネーミングの妙に脱帽です。
この国が本当の「万が寿ぐ」国であって欲しいと願って止みません。

そうそう、“菊の花びらは一人一人を表し、国をつくっている様を表しているんだよ”って、いつどや、菊酒を飲みながらお年寄りが語ってくれたっけ。菊の花にたくさんの意味が含まれているんだよって。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

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