ryuQ HOME > 琉球百科シリーズ

2008年06月23日

「白花が美しい『イジュ』も…」(比嘉淳子)


今年の春先。庭いじりをしていたら突然腕に痛みとかゆみがドッキングした妙な感覚が走った。「やば!」瞬時にわが腕にナニが起こったか察しがついた。

「毛虫だ。奴に違いない」

ガーデニングを趣味に持つ人の悩みベスト1が「紫外線によるシミ」、2位が「水遣りや消毒が難儀」、3位が「生物による被害」だ(と推測する)。

この3位の「生物」にやられた!と思ったのも、沖縄では2月になればサツキや桜が花盛りである。しかもこれらの木には「毒蛾の幼虫」が好んでつくのだ。

刺された腕はみるみる真っ赤に腫れ上がり、マダラ模様になった。痛いし痒いし、皮膚をカッターでこそぎ落としたいくらいに激痛が走る。

よく見ると、毛虫の産毛のような針が刺さっている。足元には数匹の黄色と黒の色鮮やかな毛虫がウネウネしていた。踏み潰し微塵に討伐した後、勢いよく水で洗い流したが、かかる水さえ痛い。「もう!! ガーデニングなんて止めてやるぅ! 草を焼き払ってやる〜!」。周囲3メートル内の人がドン引きしているがそのくらい痛い。

ここは、都市の住宅街であるから焼畑はできないし、そんなこと当たり前だ。憎しは虫であり、庭ではない。しかし、あの時は庭があるから虫が来る。そうでもしなけりゃ気が済まねぇ〜!の一念しかなかった。

幸いな事に近くに医者がいたので早急な治療を施してもらい、庭も焼き払わずに済んだ。あれから数ヶ月経過するが、今なおマダラ模様は広範囲にやわらかい内腕に残っている。
大体だ。毛虫の分際で毒を持つ事が気に食わない。

毒といえば「ハブ」ではないか。あの鎌首をもたげて「くわぁ」っと大口を開けてこそ威光があるってものなのに。そこで世の中、異に『毒持ち』の多い事に気付いた。

ハブくらげにイモガイ、毒魚にサソリ、毒蜘蛛、スズメバチ、毒女のお局様。
ああ、挙げればキリが無いほど。そして、植物にも有毒植物がある。

代表をあげれば「夾竹桃」。耐潮性・排気ガスに強い事から街路樹や公園に植えられているが、弁当を食べようとしてお箸を忘れた子が、夾竹桃の枝を折り箸代わりにしたところ中毒を起こした事故があった。

また、最近、イングリッシュガーデン人気で広まった「エゴノキ」。白い小花が涼しげでいかにも洋風な家にぴったりな木であるが、実にサポニンという有毒物質が含まれている。他においしそうに見える「琉球柿」、青紫の花がかわいい「ルリハコベ」、沖縄うりずんのシンボルともいえる白花が美しい「イジュ」、ガジュマルに似ている「シマシラノキ」、海岸で見かける「シイノキカズラ」などなど。

これらは、『魚毒』に使い、昔は枝や葉を海中に投棄してその『毒』を利用して浮いてきた魚を獲っていた。しかしながら、現在は、『水産資源保護法』で毒物による漁業行為が禁止されているので絶対にやってはいけない。

では、何故ここにあげたかっていうと、家庭での植樹を避けたほうがいいから。
毒と言っても使いようで漢方薬になる植物もある。
しかし、専門的な知識の無いものが簡単に手をかけるものではない。

子どもがいれば、なおさらの事。庭木を選ぶときには、ガーデニングの本に掲載されているからと安易に植えるのではなく、専門家に吟味してもらった上で植樹して欲しいと切に願う。  
続きを読む

2008年05月26日

「エンマ様の庭木に“相手を思う樹”を」(比嘉淳子)


5月後半の沖縄はもう梅雨だが、前半のゴールデンウィークは天気にも恵まれ、主婦としては充実した日々を過ごし、たっぷりの充電期間後の初仕事がなぜか「家庭裁判所」訪問である。
(誤解のないように言っておくと、我が家はいたって「円満」であるからご安心を!)
人に頼まれて、ちょっとした届け物を預けに立ち寄ったのだけど、約束の時間より早めに到着したので、せっかくの「家庭裁判所デビュー」に恒例の「世間さまウォッチイングゥ」をしないわけにはいかない。

広い駐車場のサイドに広がる法面には「タイワンレンギョ」で「かていさいばんしょ」と文字が描かれていた。実はこの場所、幼い頃の遊び場だったのである。
実家は背を伸ばすと見えるほどの距離。母がテレビを観ているのがわかるほど近いのだ。
「かあちゃ〜ん」と声を掛けたかったが、何せ「家庭裁判所」にいるのでさすがにやめた。

建物の中は案外明るく受付の女性も感じがいい。
「ふ〜ん、テレビドラマのイメージとは大違いじゃないか」と思いながら勧められるままにパステルカラーのソファーに座った。
しかし、このソファーたちが妙に点在し、不自然な位置に置かれている。
「こんなんじゃぁスペースの無駄でしょ!」とツッコミを入れたくなった。

しばらくして、女性が入ってきた。目が真っ赤である。追うように男性が入ってきた。両者、目と目が合う! 殺気が漂った!
(「!?」タブン、夫婦か・な?夫婦なのに、遠くの席に座った。)

側のテレビがさっきからずっと同じ番組を放送している。
「調停というものは、離婚、親権、財産の…」と始まり「それが、調停で解決できなければ審判となります。」のような事がずっと流れている。

つまり、大人の喧嘩が、スイミングスクールのクラスのように「めだかさんコース」から始まり「いるかさんコース」に発展し「オリンピック選手養成コース」になるになるのだな。フムフム、と私流に解釈していた。

それからというもの、入場してくる人の顔は鬼のような形相の人たちばかり。一見して親族だなと思われるような“そっくりな人たち”がそれぞれ遠くに分裂して腰掛けているのだ。
道理でソファーの位置関係が多方面に置かれ、不自然だなと思ったわけである。
一般の人々なのに強面の人がドンドン増えてきた。何だかいたたまれない…。

目の前のおじさんが私の隣のほうに居る男性に「えー!いったぁ フラー父ちゃんは?」と言い、その兄さんはギロッと睨み返し「ポッテカおじさんに会わせたくないばぁよー」と、答えた。私を挟んでこの会話である。「ここは、地獄か?!」

裁判所という所は『エンマ様の住処』というイメージが強烈にインプットされてしまった。きっと、2階の各部屋(現場)では怒号が飛び交い、泣き声が響きこの世の地獄絵となっているのだろうな…。

ようやく知人が現れて地獄からは開放されたのだが、彼らから吐き出された「いやぁな感情」に汚染されたようで一刻も早く解毒したかった。

5月といえば春うららかな季節で、沖縄ではつい先月まで「清明祭」で一族郎党が先祖の眠る墓地に会し、亡き先祖たちと一緒に楽しく会食を共にしたのである。
「5月は憲法月間です。身近な人の人権を考えてみませんか」の垂れ幕が悲しい。

歩みを止めて空をみあげると、一面に広がる「相思樹」の黄色。
5月は「相思樹」の季節なのだ。そう「“相手を思う樹”」。

黄色の小さなぽんぽんのような花が、うっすらと甘い香りを漂わせている。
マメ科の「おじぎそう」の仲間である。木ですら「おじぎ」をするのだ!

相手の立場を思いやり、礼を尽くす。そうなれば、閻魔様も暇になるはずだ。
沖縄は「守礼の邦」だった。廉恥を忘れた現代人は一体どこに向かっているのだろう。  
続きを読む

2008年03月24日

ryuQ100花3月号:沖縄・生めば都!子宝をもたらす植物?

ryuQ100花3月号「沖縄・生めば都!子宝をもたらす植物(!?)」
沖縄は日本一・子沢山な県だ。夫婦に3〜4人の子どもがいても別段驚きでもない。
結婚して11年間子宮が空室になった事がないと自慢げに話す友人がいるが、とにかく会う度に赤ちゃんをダッコしているか妊腹なのである。彼女から来た今年の年賀状には「今年から産児制限します」と、年頭の挨拶には似つかわしくないコメントが書かれ、その背面には、ウジャウジャいる子ども達と赤ん坊に髪の毛を引っ張られつつも、満面笑みを浮かべ座っている彼女がいた。

とにかく沖縄って子どもに大らかな島で「生めば都」というか「みんなで育てるサァ」精神で一族や近隣で子どもを育てていく、いわば、子育てが終わってヤレヤレの時代が訪れにくい島である。
その彼女であるが、結婚前に「子宝草」という多肉植物の葉っぱを石垣島土産にもらったそうだ。ご利益たっぷりのその葉を分けてもらったが、我が家ではすぐにしおれ、いつの間にかミイラ状態になっていた。(名誉のためにいっておくが、説明通りに育てた…)

子宝草は、カランコエの仲間で葉っぱの脇に小さな子葉っぱをたくさんつける植物で、子株をたくさんつけた様子から「子宝草」の名前がついたと思われる。
沖縄では、ハガキ大のビニールに入れられてみやげ物として売られている。また、結婚の御祝儀カードに子どもに恵まれますようにと、添えられる事も多いそうだ。

「2人しか生まないねぇ」
と、周りの諸先輩方にため息をつかれる私なんか、彼女のあの姿は慈悲あふれる観音菩薩のようで真似どころか想像すらできないプロジェクトであるのだ。

沖縄で子孫繁栄的植物「ターイモ」
とにかく、沖縄には「子孫繁栄植物」がたくさんある。それは…  
続きを読む

2008年02月25日

ryuQ100花2月号「住んでいる土地の土に生かされている」

ryuQ100花2月号
「粗物上戸は、胴頑丈さん」=「粗食は体を丈夫にする」

「そして人間は住んでいる土地の土によって生かされている」

我沖縄県男子諸君は、誇たる長寿ナンバー1だったのに、26位に下がってからというもの「メタボ、メタボ…」と呪文のように唱えては、まるで臨月様の腹をさすっている。
スポーツジムの帰りには、居酒屋で打ち上げをして今日の反省と明日への「メタボ」解消へ夢をかけて乾杯するのだ。
そして、そこでの話題といえば、メタボをどう克服するかの議論を展開させ、自慢の腹を酒と肴でもっと膨らませて帰宅するのである。
知り合いの内科の医師は「本人の自覚がないとメタボは解消できないんです。どんなに、検査データーを見せて説明しても日々の生活の反省をしない。これじゃ、長寿ナンバー1なんて返り咲けるわけがない」と、嘆いていた。
加えて、沖縄の人間は、DNA的に長寿と思い込んでいる節があるという。

肉なんて、とても特別な時でなければ食べられないような時代を、我々沖縄の祖先は歩んできた。
100歳を超えるお年寄りに若い頃の話を聞くと、
「芋の葉を食べていた」とか「食べるものなんて葉っぱ以外なかった。肉なんて行事の時にしか出てこなかった」など。

今で言う、ダッシュ食生活だ。その上、農業で肉体労働をこなしている。つまり、血管に油や余分な栄養素が溜まる暇がないのだ。摂取した栄養素は労働によって消費されていく。
その上、沖縄の水はミネラルが豊富で血管をやわかくするといわれている。
これらから沖縄の長寿は確立したものの、現在に至ってはどうだろうか。アメリカ世になってから、脂肪たっぷりの食生活、移動には車がかかせない。
こうなっちゃぁ、皮下脂肪だけじゃなく血管にも脂肪が蓄積され、いわゆる「26ショック」になり、短命へのカウントダウンがはじまるのである。(沖縄のオジィをタンメーというが……まさか???)

そうそう、血管に詰まった油は簡単には落とせるものではないらしい。
血管壁に浸透するようにはびこり堆積されていくっていうから怖い。
人類創世来、ヒトは常に飢餓との闘いで、脂肪をためる体を作ってきたといわれている。現在のような飽食にヒトの体はまだついていっていないのだ。
今の飽食の生活にヒトの体がついていくのには、人類創世から今日までと同じ長い時間を要するといわれている。

前置きが長くなってしまったが、沖縄はかつて長寿の邦であった。
それは、食生活からきていたのだが、それが崩れてきているにもかかわらず、沖縄県以外の人は、今の沖縄の食は長寿食と勘違いしているのかもしれない…  
続きを読む

2008年01月28日

ryuQ100花・1月号『クワディサー』(モモタマナ)


2005年に出版した『沖縄の庭を見直そう 琉球ガーデンブック』(ボーダーインク刊)のきっかけになった木だ。
それまで沖縄の植物に関する云い伝えはおもむろに聞いてはいた。
どれも皆「フーン…」という感じだったが、ある設計士から「クワディサーは、家に植えるのを昔の人は嫌がりましたよ。人の泣き声を聞いて大きくなるんですもんね。」
こともなげに言ったその台詞が衝撃だった。水や肥料ではなく、泣き声を聞いて大きくなるぅ!?
そういえば、お墓に植える木だってウチのバァちゃんも言っていたなぁ。
お墓でシクシク泣く未亡人を見ながらうれしそうに大きくなるのだろうか…?
い、いやらしい木だ。
そう思いながらも、無性にこの木について取材をしたくなった。
こういう時は、お年寄りに聞くのが一番!

てなわけで、お年寄りに遭遇する確率の高い病院はもちろんのこと、もやしのひげをとっている商店のおばぁさん、御嶽でウートートーしているおばぁさん、私がお年寄りと認定した方々に直撃インタビューをした。「クワディサーって…」の質問に「ああ、泣き声を聞く木ね」って。
「!」うれしかった。

クワディサーは、別名『ももたまな』『コバテイシ』
シクシン科の大木で、落葉樹である。手の平大の大きな葉をつけ、枝は横に広がる性質を持っている。横にかなり広がるので緑陰樹として墓地によく植えられ、沖縄の強烈な太陽光線からご先祖様をお守りしているのだ。沖縄では、旧暦の3月の清明の季節に「シーミー」という行事が行われる。一族郎党でお墓を清掃し、その後お墓の前でご先祖様らと楽しい会食をするのだ。お弁当を広げて生きている人もあの世の人もピクニック気分でお墓で過ごす行事である。

その年、私はさっそく仕入れたばかりのネタを親戚一同に披露したくなった。
口を開こうとしたそばから叔母が、
「あの木はクワディサーといってね、33年忌が終わったら骨を骨壷からこぼして土に返すさーねー、その骨の栄養を吸って大きくなるからお墓のクワディサーはご先祖様と一緒だよ。みんなを見守っているよ。大事にしないと。」
「へええ!!」。
今度は、高校生だった娘が、
「先輩が学校のクワディサーには、どんなに暑い日でも3年生になったら近寄るなっていってた。泣き声が好きだからって。受験には泣きたくないジャン!」
「へええ!」
わが娘よ!案外かしこいじゃん!ってな親ばかな事を考えつつ、こりゃ記事にしようと思い立ったわけですな。

沖縄の植物の云い伝え。
クワディサーをきっかけに芋づる式でネタが出てくる出てくる…。
庭だけじゃなく、沖縄の植物は本土では、観葉植物として流通しているので、植物を選ぶ際の参考に一冊いかがでしょう。

それからもクワディサーという木は、いろんなところで目に付くようになった。

健康食品店の前で、
「悩む男性の救世主!コバテイシ(クワディサーのこと)強い男を作ります。夜の自信におススメです!」

民芸店のまえで、
「モモタマナ(くわでぃさーのこと)染め。シックな茶色が落ち着きを感じさせます」

そして、昨夜、
「ウルトラマンの顔ってさ、クワディサーの実をデザイン化したんだよ。」
新しいネタである。

ウルトラマンの生みの親・金城哲夫氏は、こよなく平和を愛し、争いを否定した人だったそうだ。

金城氏は、ウルトラマンの顔を作るとき、故郷沖縄で見た「クワディサー」の云い伝えを思い出したという。たくさんの想いを込めてクワディサーの実に目をつけたのだ。

争いで泣き声を増やして欲しくない。
正義の味方こそ強い男である。

子どもへ正義のメッセージを伝えると共に、大人へは平和のメッセージを伝えたかったのである。
人の泣き声を聞いて大きくなったクワディサーの実は、強い正義の味方・ウルトラマンに変身し、人の泣き声を「うれし泣き」にしたくてこの世に生まれてきたヒーローなのだ。

ウルトラマンの最終回から数十年、クワディサーつながりでようやく見えてきたウルトラマンの素顔。
子ども達にも伝えていかなくちゃ!


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。


(協力:oNLINE 植物アルバム)  

2007年12月24日

『願いが叶う?お守りになる植物たち』


苦節十数年、切望したあの木を入手したのだ。
それは、まったく意外なところで出会った。というより、灯台下暗しとはまったくその通りで、ヒョイと顔を出した産業祭りの園芸フェアーでのことだ。
何を聞かれても「あるよ」と答えている台湾なまりのおじさんの店は、質問攻めの客でごった返していた。私も便乗し冷やかしで「仏手柑(ぶっしゅかん)、ありますか?」と聞いてみた。「何?それ?」と専門店でも切り返されてきた質問なのに、「ああ…あるよ」と予想外の嬉しい答え。思わずワタアメを落としそうになった。

そして、人気ドラマに出てくるあのマスターのように、台湾なまりのおやじは、虫食いだらけの大鉢をドン!っと前に置いた。
「あんた、よく知っているね。縁起物だ。仏の手の形の実を結ぶ。この実を煎じて飲むと体の毒を出して、花のにおいは幸せを運ぶんだ。この鉢は祭りのたびに持ってきているが、訊ねられたのは今日が初めてだ。こんなに大きくなっちまったが、安くしとくよ」
おお!! 毎年、顔を出していたのに、こんなに大きくなるまで私を待っていたのね!と、迷わず買った。だけど、決して、安くはなかった…。
虫食いの株は、大体が鉢の中に虫が潜んでいる。夜のなると這い出てきて葉や茎の皮を食べるのだ。なので夜は懐中電灯を持って虫を潰していたって訳。後は土を入れ替えて様子を見るだけだ。

かつて、美白にこだわり、買い物も夜に済ませるなど七難隠すための努力を惜しまなかった私を、一気に迷彩肌にしたガーデニング。
「ガーデニングにハマッタ理由ベスト3」で堂々1位に輝く理由が、沖縄のおじぃちゃんやおばぁちゃんが口にする「悩み事を解決し、幸せを運ぶ植物がある」のだ。
お年寄りが言うと、眉唾な話でもそれなりに聞こえてしまうから不思議。それに呆れるくらい沖縄には植物に関する逸話が多い。
例えばこうだ。
「クワディサーは、人の鳴き声を聞いて大きくなるから家には植えない」
「バナナは大きくなると歩き出して、家を潰す。そして子が親を倒す」
「びわを植えると、病気の神様が入り込む」など。
先の仏手柑の話は、大陸帰りというおじいさんから聞いた話だ。


なんでも、「ざくろ」「仏手柑」「桃」は「三柑の実」といって、それぞれ子宝・金運・魔よけの効果があり、家に植えられなくても絵を飾るだけで福となすらしい。
京都の栄観堂のあの有名な『長寿飴』も仏手柑が材料だ。仏が合掌したような実がますますありがたさを醸し出しているからだろうか。

とにかく、根拠がないっちゃぁ、それまでで、科学脳で考える頭のいい人には向かない話でありまする。
ところが、その話をすると「そういえば…」と心あたりがあるという経験者が多い事も事実。実際、私自身も「そういえば」の経験者なのだ。
これらの話は、ページ数の制限もあって割愛するが、もっと知りたいとご希望される方は、著書『琉球ガーデンブック』(ボーダーインク社刊)に詳しく書いてあるので、是非。

それにしても、こうした言い伝えがある沖縄のお年よりは、なんとも穏やか。
園芸の話で、御願の話で、子育ての話で、戦の話で、年齢の垣根なく話し込んでいける。学ぶ事も多い。本土から沖縄のオバァさんらに癒されに来るというのもうなずける。

あかの他人でも、孫と重ねてみてくれるからだろう。
ついこないだ、大阪で電車に乗っていたときのこと、身なりのきちんとしたおじいさんに「電車にこの大荷物はなんだ!」と、どやされひるんだことがある。バーゲンの帰りに電車に乗っちゃいけないのかと言いたくなったが、年の功のある人に言われたのだから私に落ち度があったんだろうと反省した。
が、昨今、簡単にキレる大人が問題になっているそうだ。年を重ねると丸くなるはずなのに、今日日は角が研ぎだしているそうだ。
動物でも植物でも命のあるものを育てる事は、慈愛の心をも育てていく。

かつて、盆栽といえばお年寄りの趣味だった。今では、若者や欧米の人にも人気がある。
若者らのほうが、自身のストレスに敏感に反応し対応しているのだろうか。
最近、キレやすい・イライラするなどの症状がある方には、趣味の園芸をお勧めする。
植物達は、みんなに幸せをもたらせてくれる「お守り」にもなるのだ。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)
2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年11月26日

ryuQ100花・11月号『まんじゅしゃげ』

まんじゅしゃげ
まんじゅしゃげ。別名は、彼岸花、毒花、幽霊花、地獄花、死に花、しびれ花…たくさんの名前を持つこの花は、ヒガンバナ科ヒガンバナ属の多年草です。毎年、お彼岸の頃に合わせた様に咲くので、一般には「彼岸花」で知られています。
私は、山口百恵さんの歌でこの花を知り、夜空に花火が打ちあがったような花姿に、歌も相なって魅了されました。
でも、私なら「お祭り花」とか「花火花」とか「キャンプファイヤー花」とかつけちゃうのに…なぜ、こんな怖いネーミングがされているのでしょう。

まんじゅしゃげ実は、よくご覧下さい。
スーっとのびた茎に葉っぱが見られないでしょう。
秋雨が降り始め、朝夕の気温が落ち始めたころ、地中からスウっと茎を伸ばしはじめ、急激に成長したと思ったら、パッと花を咲かせます。5日ほどで花が終わると、今度はスウっと葉がのびてきます。そして、葉だけの姿がしばらく続くのです。
普通の植物と逆の過程なので、まるで時間を遡っているかのようです。

そのプロセスが「あの世」と「この世」を彷彿させたのかもしれません。
全草にわたり有毒で、特に鱗茎に「リコリン」というアルカロイドを含む植物です。
花の終わった後の葉だけの姿がニラやアサツキに似ており、間違えて食した人が吐き気や下痢、重症になると痺れなどの中毒を起こすケースもあるそう。子供たちが被害をこうむらないように炎のような花姿を利用して「この花を触ったらやけどするよ!ホラ、アッチッチ!」と、言い聞かせたくらいだそうです。

ここで気づいたのですが、名前って、その固体の注意を喚起する隠語のときもあるんですね。不気味なネーミングで注意を促す。理屈をこねられるよりも脳みそに直球で注意書きがインプットされるようじゃありませんか。最近の注意書きの洪水には、辟易するところがありますが、ネーミングで食指を折る技って、昔の人たちがいかに想像力たくましくそして、道徳心があったかを証明するものであります。

しかし、こんな毒も使いようで、ネズミやモグラ、害虫を忌避させる効果をねらって田んぼや畑のあぜ道に植えられたっていうんだから、人もさるもの。
この、仏花として供えられるまんじゅしゃげ。炎のような赤い花は、ながめているだけで悪行から離れられるといいます。「まんじゅしゃげ」とは「天界に咲く花」という意味で、吉兆時には天から降ってくるそうです。
田んぼや畑に咲き誇り、恵みの「口福」をもたらせてくれる花なのかもしれません。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年10月22日

ryuQ100花・10月号『まんず・万寿、菊酒のはなし』

ryuQ100花・10月号『まんず・万寿、菊酒のはなし』
中国では、古来より奇数を陽数とし、月と日が同じになる日をめでたい日、とする思想がありました。例えば、1月1日正月、3月3日ひな祭り、5月5日端午の節句、7月7日七夕、9月9日重陽の節供です。11月は10の数位以上なので含みません。(ちなみに11月11日は「世界平和祈念日」だとか)

特に、重陽の節供は、九が重なることから重九→重久→長久に結び「健康・長寿」を願う日になっていったようです。
また、それぞれの節供には「おしるし」のように植物が附属されています。
ひな祭りの「桃」、端午の節句の「菖蒲」、七夕の「竹」、そして重陽の節供には「菊」が添えられ、「菊の節供」といわれる所以になっています。
その「菊」は、観賞用になる前は、不老長寿の薬用植物、今風に言えば、アンチエイジングな植物として用いられた植物だったといいます。なんて崇高な花なんでしょう。
ただ、菊は、供花のイメージが強すぎてアレンジが難しいと言われる花です。
恋人からもらった花束が菊だったので愛を疑った、という女性もいるほど。
実は、私にも菊にまつわる苦い思い出が有ります。

私の通っていた幼稚園では、園児一人一人に「おしるし」といって、花が宛がわれていました。かばんや絵本袋から靴、靴下、帽子、水筒、弁当箱にいたるまで、あらゆるものに「おしるし」が記され、一度決まれば、卒園までの三年間、ずっとお付き合いしなければならないのです。
で、入園式に下された私の「おしるし」が、「菊」。
3歳児の頭でも、かなりショックだったらしく「カトリックなのに菊かよう!地味すぎっ!」と、先生に詰め寄った記憶があります。愛らしいチューリップや絢爛なバラ、清楚なユリの花に囲まれた地味な幼稚園時代は、三つ子の魂…ではないけれど、トラウマになって残っていました。しかし、卒園から40年近く経ち、世の中に「アンチエイジング」の言葉が連呼される度に誇らしく思うのです。私と「菊」の関係が。
今や「菊」を栽培し、食事のみならず、フラワーアレンジにガンガン登場させるほど関係が修復されました。

さて、話が反れているようですが、先の話は続いているわけで、中国からの流れが強い沖縄。
私達の祖先は、他所の文化を溶け込ませる事に長けていたようです。
重陽の節供も然り。沖縄なりに発展・進化させてきました。

旧暦の9月9日の重陽の節供は、「家族の健康と長寿」、「国の発展と安泰」を祈る日としました。各家庭では、ヒヌカンや仏壇に菊の葉を三枚浮かべた酒を供え「家族の健康祈願」をし、また、各集落の御嶽では、「集落の発展と安泰を祈願」する祭事を行うようになりました。
暑さも峠を越し、南国の秋日に人々が集い、集落の御嶽に菊酒と供物を捧げ、近況を報告しあい菊酒で祝杯をあげる賑やかで楽しい行事は、これからも守り続けていきたいものです。

また、常々の菊を楽しむ方法としては、菊花茶がおススメです。
乾燥した菊花に熱々の熱湯をかけると、茶器の中でゆっくりと開き、芳ばしい香りが体を包みます。この香りが風邪、頭痛、眩暈に効くといいます。
園芸では、キク科のマリーゴールドは、土中の線虫を忌避し、余分に施肥した肥料分を吸収してくれる「クリーニングクロップ」として有機栽培にはかかせない植物です。
このマリーゴールド、年配のかたには「万寿」といったほうがピンとくるかもしれません。また、場所によっては「万寿」は菊を示すところもあります。
「よろずのことぶき」先人のネーミングの妙に脱帽です。
この国が本当の「万が寿ぐ」国であって欲しいと願って止みません。

そうそう、“菊の花びらは一人一人を表し、国をつくっている様を表しているんだよ”って、いつどや、菊酒を飲みながらお年寄りが語ってくれたっけ。菊の花にたくさんの意味が含まれているんだよって。


プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。
  

2007年09月24日

ryuQ100花・9月号『魔よけ・その二』


旧盆が去り、あの世の蓋が閉まったあとも居残ってしまった「ドンくさい霊達」がウヨウヨするこの時期、悪さをしないように結界をはるのが「柴挿し」の行事です。

旧暦の8月8日から11日の間に屋敷の拝みを済ませ清めた後、ススキで作ったサンに桑の枝を挿すだけの魔よけを敷地の四隅や門、井戸、畑に挿すだけで魔物が寄らなくなるといいます。
昔の沖縄では、集落を見下ろせる丘や木の上に登り、火の玉が村に出没しないか若い男性がシフト制で見張っていたそうです。火の玉が出た家からは死者が出るといわれ、ユタに祈祷してもらい、爆竹を鳴らして死神を祓ったとか。
この期間、各家庭では、仏壇や火の神様の前に赤飯を供え、親ファーフジや神様に体力をつけてもらい「しっかり家族を守ってください」と、うーとーとーしたといいます。

ススキは、イネ科の植物で全国に広がる多年草です。秋の七草の一つでもあります。葉は細長く、ふちが鋭いので手荒に扱うと指を切るほど。こんなところから『刀』を連想させ「魔よけ」に繋がっていったのでしょう

最近、東京の友人に『マブヤー込め』をするのでススキを送って欲しいと頼まれました。何でも、東京でススキを探すのは至難で、花屋に行かなければならないそう。時は8月。花屋にサン用のススキを求めに出かけたものの「シーズン物なので市場にもまだ出ていない」と、言われたとか。確か、多年草のはず。何で、シーズン物なのだろうか?世界の中でも四季の情景を楽しむ民族のはずなのに。こんなつまらないことを考えながら、一歩外に出るとあるわあるわススキたち。ナンカうれしくなっちゃいました。沖縄って最高!

大量のススキを東京に送った後、改めて近所を見渡すと、明らかに一昔前よりススキが減っている。
あれ、いつの間にコンビニが?
へっ、ここに、道があったっけ?

人間って砂漠に大金をかけて植物を植える一方、茂る植物を排除していく。この矛盾って一体……年がバレちゃうけど、「東京さばくぅ〜」のフレーズがこだまします。

幸いか、沖縄には、各集落に神が鎮座する『御嶽』があります。街の喧騒のなか、手を付けられずに残る小さな自然があるのです。
沖縄の人はその自然の神々に畏怖の念を抱きながら敬神してきました。
その結果、街でありながらところどころに深い緑を残すことができたと言われています。「御嶽」は、街の空気清浄や冷却機能に役立ち、本当の意味での「人間達の守護」になっています。今世の魔物は、化け物でも幽霊でもありません。
人工的な魔物なのです。植物を初め、自然という『魔よけ』をもう一度考え直してみませんか?

プロフィール:比嘉淳子(ひがじゅんこ)

2児の母。すっかり“沖縄のおばぁ”的存在になりつつあるこの頃。
『沖縄オバァ列伝・オバァの喝!』『オジィの逆襲』(双葉社刊)、『琉球ガーデンBOOK』『よくわかる御願ハンドブック』(ボーダーインク社刊)、『琉球新報・うない』『琉球新報・かふう』のほか、新刊『沖縄オバァ列伝・オバァの人生指南』(双葉社)が発売中。


沖縄の人気blogランキングはこちら  

2007年08月27日

『沖縄節日(うちなーしちび)と植物・旧盆』


沖縄では、旧暦の7月13日から15日の3日間を旧盆の期間とし、あの世から帰省した(?)ご先祖を中心に親族が会し賑やかに過ごします。
ただ、沖縄独特のしきたりの多さからか、この時期になるとブルーになる女性が多いようです。しかし、親にとっては激動の3日間かもしれませんが、子ども達にしてみれば、久方ぶりに会う親戚に成長を喜んでもらい、年配者からは、一族のルーツや慣わし、昔からのよい教えを被る絶好のチャンスでもあるのです。
私なんぞは、中元の品が店頭に陳列され始めると祖母の言葉を思い出します。
「お線香をあげる気持ちが孝行だよ。物を持ってこなくてもいいよ。心を込めて親ファーフジに、いつも守ってもらってありがとねーっていう感謝の心が一番の贈り物だよ。」
当時、子沢山で経済的に苦しかった親戚は、この言葉に救われた、と今でも盆にやってきては亡き祖母の話で盛り上げてくれます。
昔の人の言葉には、魂がありました。
物ではなく、言葉で心が充足した時代だったんですね。
まどろっこしいことはいわない、「さりげなさ」が粋なんです。

沖縄のお盆といえば、お供え物にも独特な「心遣い」があります。
まず、珍しいところでいえば「グーサンウージ」。

サトウキビを仏壇の両サイドに置きます。グーサンとは、杖のこと。つまり、サトウキビの杖という意味。なんと贅沢な杖でしょうか。これには、あの世の人が転ばないように、という気持ちが込められているとか。
なんで竹じゃないのか?
なんでも、あの世は遠すぎるから途中途中に栄養をつけなくてはならず、サトウキビだと栄養を補給しながら来れるから、だそう。カルシウム、鉄、カリウム、マンガン、亜鉛などのミネラル分を豊富に含むサトウキビは、あの世の人の栄養補給にも一役かっているようだ。

また、サトウキビは倒れても自分で起き上がる習性があるので、亡くなったおじいがこの暑さで行き倒れになっても、サトウキビは自然と起き上がり家族の元へ連れてきてくれる、という。至れり尽くせりな歓迎ぶりだ。あくまでも、我が家に伝わる話であるが…。

いよいよサトウキビをかじりながらご先祖様が懐かしい我が家に到着されたら、あらかじめ用意してあったメドハギの葉と洗面器の水で道中の足の汚れを落としていただき、さっぱりしたあとで家へ入場していただく。結構、きれい好きなことに驚く人は多いが、ひねくれ者は、足があったのね、と突っ込みを入れた。さすが私のおばあさん。「うちのじいちゃんは、幽霊じゃないから」と返した。亀の甲より年の功である。

このメドハギの枝は、「ソーロー箸」という亡くなった方専用の箸にも使われる。
じゃ、なぜメドハギなのか?
沖縄では、蝶々はあの世の使いといわれる。
「メドハギの花は、蝶々に似ているからだ」と祖母は言った。
ちなみに、メドハギは古く占いの「めどき」に用いられたマメ科の植物である。
若い葉は解熱や利尿剤としても使われたそうだから箸に使っても安全である。
解熱効果があるならば、なるほど、夏の熱にほてった足を覚ますにいい植物選択なのかもしれない……  
続きを読む

2007年07月23日

魔よけの巻[草花編]


“沖縄は魔よけ大国だ”といっても過言ではないくらい、見渡せば「魔よけグッズ」に囲まれて生活していて、例えば、
ススキや茅・芭蕉で作る「サン」や「ゲーン」は、手軽にこしらえられる魔よけであるし、桑の木は地震の時の「クワーギヌシチャ(桑の木の下)」の呪文にもなっています。
我が家では、最近、デーク(竹)の鉢植えを購入した。これは屋敷の四隅をまもる<効果>があるらしい。そんなこんなで、魔よけネタは豊富な沖縄。


その1・『モクビャッコウは石敢当(石敢當)』…石板に「敢えて石に当てる(あえて いしに あてる)」と書いて石敢当、有名な魔よけですね。ここ沖縄の魔物は直線でしか進めず、ものすごいスピードで目をつけた家をめざして突入してくるらしいのだ。これを避けるには石敢当に激突させて木っ端微塵にするといいます。
石に当ったぐらいで砕けるような魔物を果たして恐れるべきかどうかの議論が私の周りでブームになっているが、それはさておき、この石敢当の正しい置き方なのです。

基本は三叉路か突き当たりに置くものだけれど、最近は門の両脇に置かれていたり家の中にあったりする。しかし今は悲しいかな、魔よけなのに沖縄風オブジェキャラに成り下がってしまいましたなぁ。
魔よけの石敢当、今日では、マンションやアパートの向かい合うドアの前、そして門とは言えども、お向かいの家に向かっておくのはいかがなものかと、老婆心ながら思ってしまうのでした。

自分の家に向かって魔よけを置かれたとしたら、魔物扱いされた感じで気持ちの良いものでは無い。「魔よけには魔よけ返しぃ」と、応酬合戦で町の通りが「魔よけ通り」になりかねない。これって、杞憂ではないのだ。実際、事が起こったケースもあるというから、怖いですねぇ。
そんな事で石敢当を置きたいけど置けないあなた!

こんなときには、「モクビャッコウ」なんです。
以前、久高島で「モクビャッコウ」が群生する海岸を見たときの衝撃はすごかった。
さながら「雲海」のような「モクビャッコウ」の向うに広がる群青色の海。
幽玄な景色にしばらくボーゼンとしてしまったくらい。
人の手がはいらない自然ってこんなにも威厳があるのかって感動したもんです。
さて、この「モクビャッコウ」の効能だが、石敢当のように魔物を当てて木っ端微塵にするだけでなく、白檀に似た香りで浄化させてくれるという優れもの。

〜キク科の植物・沖縄名・「イシヂク(石菊)」。〜
フワフワなうぶげの生えるこの銀葉にこんな効果があろうとは!
キク科だからもちろんだが、小菊のような可憐な花を咲かせてくれる。
蒸れに弱いのが難だが、風どおしを良くすれば、割合育てやすい品種です。
あなたの町の通りを「魔よけ通り」ならぬ、「モクビャッコウ通り」にしてフワフワな雲海通りにしちゃいましょう。

その2・『モモ』……男のほうが女々しかったりするのよねぇ。
「桃」の話です。内当い(ウチアタイ)しないで下さいな。
音読みで「トウ」。
刀に似る発音から「悪を切る」そう。
「悪を切る」といえば、『桃たろう』。
幼いころから聞き親しんだ昔話ですね。
とまぁ、連想ゲームになるくらい、桃は私達の身近にある魔よけなんです。
由来は、遡る事とっても大昔(歴史に弱いので)、古事記の時代です。
イザナミノミコトとイザナギノミコトが活躍していた時代のこと。

イザナミノミコトは火の神を生んだ時、産後の肥立ちが悪く亡くなってしまいます。
妻を亡くしたイザナギノミコトは、妻恋しさに黄泉の国を訪れます。
が、黄泉の国のイザナミノミコトは、既に生前の美しい姿ではなく化け物のようになっていたそう。
それを見たイザナギノミコトは驚き、この世に戻ろうと逃げようとします。
化け物と化した妻はたくさんの黄泉の国の軍勢と共に夫を追いかけます。
夫は、逃げる合間にそこいら中に実っている物を投げつけます。葡萄であったり筍であったり……。
ところが化け物たちは喜んでそれらを食べつくし、なおも追いかけてきます。
やっとこさ、この世と黄泉の国の堺にある坂にきたところ、そこに偶然なのか何なのか、桃がなっていたそう。  
続きを読む

2007年06月25日

「いめんしぇーびり」と、花の香りでお出迎え


「沖縄ってさぁ、香りを楽しむってこと、しないよね」……。
先日、とあるクース(古酒)barで友人が言ったが、大きな誤解である。
なぜにそんな誤解が生まれたかは定かではないが、沖縄も昔から香りをたのしみ、且つ、生活に上手に利用してきた。流派こそなけれども、花を活け、香りを楽しむことくらいはやっていたのだ。
南国の花はくらむほど芳しく香る。
玄関の脇に植えたり、便所の周囲に植えたりと活用は広いし、ネーミングだっておもしろい。オバァたちが呼ぶ「ジュリ花」は、夕暮れに甘ったるい香りを漂わせる白花で、その色香にぴったりのネーミング。
そんなセンスの良さはいろんなところに使われている。

沖縄のクースの品評会は、昔から「香りで順位付け」していたという。
そう、昔は泡盛の鑑定をする際は香気が重んじられ、梅の香りに近いものが優秀で、次が髪油の香り、そして熟れたホオズキの香り、云々とされていたそうだ。沖縄の香り自慢その一にあたる。

まだある。ほら、泡盛の次にくる沖縄の代表的なドリンクといえば、「サンピン茶(茉莉花茶)」である。
あれだって「茉莉花(まつりか)」という花を早朝、まだ開ききっていないうちに摘んでお茶に入れて飲んでいた。今で言うフレーバーティーを沖縄では愛飲していたのだ。香りが揮発しないよう開花直前の蕾に香気をふくませ、一気にアチコウコウのお茶を注ぎ、立ち上る湯気のふくいくたる香りを楽しんだ琉球人の風流なこと。沖縄の香りの話、その二。

まだまだある。沖縄ではグンガチ ユッカヌヒー(5月4日)に甘菓子を食べるのだけれど、スプーンの代わりに使った「ショウブの茎」。甘菓子は暑さに向かう時期に子供達への滋養強壮にと作られた青豆と押し麦を黒糖で味付けしたぜんざい風な料理。青豆は「体熱をとる食材」といわれ、ミネラルたっぷりな黒糖と一緒に食べることでこれからくる酷暑を乗り切ってほしいという知恵なのである。愛情たっぷりの甘菓子を「ショウブの茎」で食べるとさわやかな香気が口いっぱいに広がり、食欲増進、疲労回復に絶品なのである。

ここでいう「ショウブ」はいわゆる「香りショウブ」で「花ショウブ」ではないのでお気をつけあそばせ。「ショウブの茎」を噛むとシナモンのようなさわやかな香りが口一杯に広がり口臭予防にもいいという。子供の頃、黒糖をたっぷり吸い込んだ「ショウブの茎」が捨てられなくて甘菓子を食べつくしたあとも吸っぷっては怒られたなぁ。あ、そうそう、吸っぷってヘロヘロになった「ショウブの茎」を捨てるとき、投げてはいけないんだとか。「勝負をなげる」のは卑怯なのだそうだ。
ショウブに関しては、ちょっと長くなる。
ヤナムンはよい香りに弱いそうだ。
特に、ショウブの香りを嗅ぐとヤナムンは溶けてしまうそう。また、ヤナムンに目を付けられた人間の姿を隠してくれるという優れものらしい。
これは、香りを利用した知恵と言い伝えで、沖縄の香りの話その三。
そして、ま〜だまだまだある。  
続きを読む

2007年05月11日

『東に植えている植物』


沖縄の方言で「東」は、「あがり」。日が昇ることを指しています。

で、朝日のことを「あがい(昇る) てぃだ(太陽)」といい、目覚めのお茶を朝日に向け一拝した後、日々の感謝と今日の安泰を祈願しながらいただきます。東の方角はその位崇高な方角とされ、一家の出世の方角とも成功を司る方角ともされています。漢字も、木の間に日が昇る様をイメージし『東』。高木を植えて暗くすることを嫌いました。

我が家の庭には、東の方角に「さつき」と「銀梅花」が植えてあります。

「さつき」は文字通り5月をいい、沖縄の一番良い季節に色とりどりの花を咲かせ、昔から親しまれてきました。

「さつき」と「つつじ」の違いをよく聞かれますが、園芸的に昔から「つつじ」は、春に咲くもの。「さつき」は、初夏(旧暦5月ごろ)に咲くもの、で区別していたようです。最近は、「つつじ」はヤマツツジやミツバツツジの仲間の総称で、特定の種類をいうものではなく、「さつき」は、関東地方以西と屋久島の川岸に自生するツツジの1種をいうようになりました。

太陽のように明るく咲く「さつき」は、家の繁栄を招くといわれています。
酸性土を好みますから沖縄の土壌でよく育ちます。そして、日の光も大好きですから、お日様の光をたっぷり浴びせて育てることが重要です。

写真はピンクの花ですが、「白琉球」という品種は、満開になると雪山のようになり、ほのかに香るおしろいのような甘い香りはノスタルジックな気分になります。白い花が清楚なうちなー美人と彷彿とさせてくれます。

「銀梅花 ぎんばいか」。別名「ミルタス」「マートル」とも言います。
ヨーロッパでは、花嫁の髪飾りやブーケに使われ、「祝いの木」ともいわれています。

6月に花をつけるので今回は葉だけの紹介になりますが、大きな梅のような花をつけます。無数につけるおしべがまるで「銀の線香花火」のように美しく、フルーティーな甘い香りも魅力的です。秋につける実はブルーベリーのような形をしており、味はほんのり甘く鳥が好んで食べに来ます。たくさん収穫できたときにはジャムにして保存します。常緑の葉からも「りんご」のような甘いかおりがし、ハーブピローや室内の芳香剤として用いられます。写真のような斑入りは、庭を明るくし、他のカラーリーフとのコントラストで庭に立体感を出します。花の無い時期も楽しめるのでおすすめです。

暖かい気候を好みますから、沖縄では露地栽培が可能です。
我が家の庭の東側は、「さつき」の株元にこの「祝いの木 銀梅花」を植えてあります。

口の悪い友人に「(由来の)効果はどうよ?」と聞かれますが、「効果絶大!」と答えています。
だって、家族皆健康で争いごとも無く、いつも笑っているから。

即効性はありませんが、花を愛でる心のゆとりを持てば、どんな難事も解決できるジンブン(知恵)がつくというもの。植物を育てることで慈愛の精神が育ちますし、道行く人が気持ちよく通り、知らない人とも花を通して会話が弾む。老若男女、こうして「和」をとれば『祈願成就』なんて屁の河童です。その証拠に、うちではご祝儀袋の往来が盛んですから。  
続きを読む

2007年04月13日

4月:はじまりの「子の方角」に「おがたまの木」(招霊木)


ryuQ』創刊、おめでとうございます!! 琉球ガーデン担当の比嘉淳子です。
このページで1年間、沖縄発信の「へえ!」な植物情報を満載してお届けします。

さて、麗らかな4月。進学・進級、その上、創刊号ときているので、景気よくめでたい植物から紹介することにしましょう。

沖縄では、北を「子(ね)の方角」といいます。「子」は、十二支の最初の干支であることから、「始まりの方角」と言われています。「屋敷の拝み」という家や敷地のお清めのような儀式も「子の方角」からスタートします。気持ちをあらたにする方角には、やはり意味づけされた植物をセレクトしたいですね。

我が家の庭には、「子の方角」に「おがたまの木」(招霊木)が植わっています。モクレン科のこの木は、毎年4月になると枝いっぱいに象牙色の花をつけ、チューインガムのような甘い香りを漂わせ道行く人の足を止めます。1円玉にも描かれていますからお財布をのぞいてみて下さい。天に向かってまっすぐに枝を伸ばす様が、神を招く木、神の依り代とされ、良縁・幸福を招く木の謂れとなったそうです。

また、昔は神事に使う木は榊ではなく、この「おがたまの木」を玉串として使用していたといいます。もっと遡れば古事記にも登場します。天鈿女命(あまのうずめ)は、この「おがたまの木」を手に神楽舞を踊り、岩戸に隠れた天照大神を誘い出すことに成功したそうです。「おがたまの木」の甘い香りのおかげで、再び明るい世の中になったというからありがたいことです。古代の神様から現代人まで、香りで心を誘う植物「おがたまの木」。スタートを飾るにふさわしい木です。

ところで、みなさんは、幸せのクローバーの葉の記録をお持ちですか?
私の数少ない自慢話の一つに、「5つ葉のクローバー発見」があります。

不思議なことにわが庭の片隅に、4つ葉のクローバーが毎年出現する場所があります。友人知人におすそ分けするくらいですから、少々という数ではありません。「何故に?」と聞かれますが、心当たりは一つ。以前飼っていたビーグル犬が、なぜかそこだけを掘り返したり、おしっこをしたりして何を植えても育ちませんでした。
庭のエアポケットと呼ぶくらい無な空間でしたが、  
続きを読む

Copyright(C)2008/琉球百科シリーズ:ryuQ All Rights Reserved.