2008年05月26日
「エンマ様の庭木に“相手を思う樹”を」(比嘉淳子)

5月後半の沖縄はもう梅雨だが、前半のゴールデンウィークは天気にも恵まれ、主婦としては充実した日々を過ごし、たっぷりの充電期間後の初仕事がなぜか「家庭裁判所」訪問である。
(誤解のないように言っておくと、我が家はいたって「円満」であるからご安心を!)
人に頼まれて、ちょっとした届け物を預けに立ち寄ったのだけど、約束の時間より早めに到着したので、せっかくの「家庭裁判所デビュー」に恒例の「世間さまウォッチイングゥ」をしないわけにはいかない。
広い駐車場のサイドに広がる法面には「タイワンレンギョ」で「かていさいばんしょ」と文字が描かれていた。実はこの場所、幼い頃の遊び場だったのである。
実家は背を伸ばすと見えるほどの距離。母がテレビを観ているのがわかるほど近いのだ。
「かあちゃ〜ん」と声を掛けたかったが、何せ「家庭裁判所」にいるのでさすがにやめた。
建物の中は案外明るく受付の女性も感じがいい。
「ふ〜ん、テレビドラマのイメージとは大違いじゃないか」と思いながら勧められるままにパステルカラーのソファーに座った。
しかし、このソファーたちが妙に点在し、不自然な位置に置かれている。
「こんなんじゃぁスペースの無駄でしょ!」とツッコミを入れたくなった。
しばらくして、女性が入ってきた。目が真っ赤である。追うように男性が入ってきた。両者、目と目が合う! 殺気が漂った!(「!?」タブン、夫婦か・な?夫婦なのに、遠くの席に座った。)
側のテレビがさっきからずっと同じ番組を放送している。
「調停というものは、離婚、親権、財産の…」と始まり「それが、調停で解決できなければ審判となります。」のような事がずっと流れている。
つまり、大人の喧嘩が、スイミングスクールのクラスのように「めだかさんコース」から始まり「いるかさんコース」に発展し「オリンピック選手養成コース」になるになるのだな。フムフム、と私流に解釈していた。
それからというもの、入場してくる人の顔は鬼のような形相の人たちばかり。一見して親族だなと思われるような“そっくりな人たち”がそれぞれ遠くに分裂して腰掛けているのだ。
道理でソファーの位置関係が多方面に置かれ、不自然だなと思ったわけである。
一般の人々なのに強面の人がドンドン増えてきた。何だかいたたまれない…。
目の前のおじさんが私の隣のほうに居る男性に「えー!いったぁ フラー父ちゃんは?」と言い、その兄さんはギロッと睨み返し「ポッテカおじさんに会わせたくないばぁよー」と、答えた。私を挟んでこの会話である。「ここは、地獄か?!」
裁判所という所は『エンマ様の住処』というイメージが強烈にインプットされてしまった。きっと、2階の各部屋(現場)では怒号が飛び交い、泣き声が響きこの世の地獄絵となっているのだろうな…。
ようやく知人が現れて地獄からは開放されたのだが、彼らから吐き出された「いやぁな感情」に汚染されたようで一刻も早く解毒したかった。
5月といえば春うららかな季節で、沖縄ではつい先月まで「清明祭」で一族郎党が先祖の眠る墓地に会し、亡き先祖たちと一緒に楽しく会食を共にしたのである。「5月は憲法月間です。身近な人の人権を考えてみませんか」の垂れ幕が悲しい。
歩みを止めて空をみあげると、一面に広がる「相思樹」の黄色。
5月は「相思樹」の季節なのだ。そう「“相手を思う樹”」。
黄色の小さなぽんぽんのような花が、うっすらと甘い香りを漂わせている。
マメ科の「おじぎそう」の仲間である。木ですら「おじぎ」をするのだ!
相手の立場を思いやり、礼を尽くす。そうなれば、閻魔様も暇になるはずだ。
沖縄は「守礼の邦」だった。廉恥を忘れた現代人は一体どこに向かっているのだろう。
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2008年05月19日
「夏の始まりはゴーヤーを食べて乗り切ろう」(嘉手川学)

5月を代表する沖縄の年中行事は「ハーリー」である。旧暦の5月4日(今年は新暦6月7日)に行われることからユッカヌヒー(4日の日)とも呼ばれ、漁村や港町では豊漁祈願の爬竜船(ハーリー)競争が行われる。現在では「那覇ハーリー」が新暦の5月3〜5日のゴールデンウィークに行われるが、多くの地域で旧暦5月4日にハーリーが行われている。
ハーリーのことと行事料理は去年もこのコーナーで詳しく書いたので、今回はハーリーではなく沖縄を代表する野菜のゴーヤーのことを書くね。
ナゼ、ゴーヤーかという、と実は沖縄では5月8日は「ゴーヤーの日」だからである。どうしてこの日が「ゴーヤーの日」なのかというと「5」と「8」で「ゴーヤー」の語呂合わせから来ていて、ベタだけどなかなかいい記念日だと思う。余談だが、沖縄ではこんなベタな記念日は多く、3月4日が「3」と「4」で「三線(さんしん)の日」、4月3日が「4(し)」と「3」で「シーサーの日」。また、4月9日が「フォークの日」で「4」を「フォー」と読むあたりが語呂合わせの極致といえる。他にも6月9日の「ロックの日」、7月5日が「名護の日」、7月8日が「那覇の日」、9月4日が「クースの日」、9月18日が「島言葉(しまくとぅば)の日」と語呂合わせの記念日のオンパレードである。こうなれば「ソーキの日」や「テビチの日」、「ナーベーラーの日」や「フーチバーの日」、「ウッチンの日」など何とか語路合わせをして記念日を制定してもらいたいものである。
いかんいかん、脱線のしすぎだ。話はゴーヤーの日に戻そう。5月8日が「ゴーヤーの日」になったのは、語呂合わせもさることながら、この時期になるとハウス栽培のゴーヤーから露地もののゴーヤーが市場に出回るからでもある。ゴーヤーは沖縄を代表する野菜であり、普通に料理され食卓に並ぶ食材であることは間違いない。食べ方も一般的なのが「ゴーヤーチャンプルー」が代表的な料理だが、薄くスライスして酢の物や和え物、サラダのトッピングなどにもする。また、厚めの輪切りにし衣をつけて沖縄風の天ぷらや、ひき肉を詰めた「ゴーヤーの肉詰め」なども人気がある。チャンプルーだけではなく煮たり、焼いたり、揚げたりできることから、最近では洋風や和風、中華風など多彩な料理が作られている。

ゴーヤーは野菜の中でもカロテンやビタミンCの含有率がかなり高く、しかもカリウムや鉄、カルシウムといったミネラルもバランスよく含まれている。最近の研究ではゴーヤーの苦味成分のモモルデシンには血糖降下作用があることがわかり、糖尿病に有効な食材として注目されている。さらに…
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2008年05月12日
ryuQ100歌5月号「玉城一美、金城洋子」特集

今回のryuQ100歌5月号では「探しているのになかなか見つからないぞ」とよく聞くレコードを2枚取り上げてみました。どちらも後々本人がデジタル録音しているのではありますがご紹介しましょう。
「女童花染小」歌・玉城一美、玉城清美
(マルフクレコード
KF-324 1979)
玉城一美、清美姉妹が29年前に発表したシングル。作詞・上原直彦、作曲・知名定男のコンビ。数え歌仕立ての歌の各連の最後に「思てぃくぃりよー かなさしよ(思ってください 愛してください)」というリフレインが耳に残りとても覚えやすい歌だ。私の店でも探しても見つからず聞かせてもらいたいという曲の三本指には入りそうだ。またジャケットがいい。戦後沖縄を代表する歌手の一人・故玉城安定の娘二人。いまや中堅女性歌手のこれまた代表的存在の玉城一美と、かたや今では一線から離れている妹の清美とが並んで微笑む初々しい姿は玉城一美ファンならずとも沖縄音楽のファンなら欲しいジャケットではないか。そして二人のコーラスは聞き応え十分過ぎるほどこれまた初々しいのである。1997年にリリースしたアルバム「天縁」(ディスクアカバナー)ではその完成された「女童花染小」を歌っているが、レコードというものはその18年前の歌声を聞くことができるのです。
「にーびちすがやー」歌・金城洋子
(BCYマルフクレコード
FF-1007 1982)
タイトルの「にーびちすがやー」は「結婚しようかな」という感じの意味。この楽曲も作詞・上原直彦、作曲・知名定男の黄金コンビ。金城洋子は現在沖縄民謡界の重鎮・金城実の娘。彼女はこの歌の通り本当に結婚してしばらく歌の道から離れることになる。ところで、レーベルが気なるところである。ジャケットにはBCYマルフクレコードとあるが、歌詞の方を見ると制作・BCYンナルフォンとある。BCYンナルフォンは(有)キャンパスのレーベルで今でも沢山の沖縄発CDをプロデュース及び販売しているキャンパスレコード。BCY(びーしーやーと読む)はビセカツ(代表者)の実家の屋号。
ンナルフォンは代表に担ぎ上げられた金城実のミノルをウチナーグチ風に発音するとンナルとなる。メジャーのミノルフォンならず、ンナルフォンてな具合。また、ンナルーには何も持っていない、体身一つという意味もある。BCYマルフクというのは未だレーベル=ンナルフォンが確立されてない頃のレコードだということになるのか。しかし“ん”から始まるレーベルの発音は難しいのでは?
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2008年05月05日
『ハブヒル ストーリー』のヒストリー(久米島)

『ハブヒル ストーリー』のヒストリー
古き良き隣人たち?が見た久米島
先日、ボーダーインクの同僚が久米島出張から戻って、「おもしろい写真集があったよ」と一冊の本をお土産に買ってきた。それは久米島自然文化センターが発行している『ハブヒル ストーリー』という写真集。〈ハブヒル〉という地名が久米島にあるのかと思ったら、それは「ハブの丘」という意味なのである。サブタイトルに「駐留米軍人が見た久米島」とある。なんだなんだと頁をめくってみるとそこには古き良き島の風景が詰まっていた……。
実は、復帰前まで久米島の小高い丘に米軍のレーダー基地があった。そこに配属された米軍人たちは、勤務の傍ら、久米島の風景や集落の様子、そしてそこに生きる島人たちの姿を写真撮影していた。1950年代から70年代のことだ。彼らはその丘の事を、「バブがたくさんいる丘」ということで、〈ハブヒル〉と呼んでいた。沖縄が日本に復帰すると、その丘は今度は自衛隊のレーダー基地となった。それから数十年の時がたち、久米島に駐屯していた元米軍人のひとりジョン・ロンドン氏が、そのころの久米島の思い出の写真を公開するウェブ・サイトを開設する。そこには久米島に配備されていた多くの元米軍人たちから寄せられた写真がたくさんあった。彼らは久米島で過ごした日々をノスタルジックな記憶として大事にしていたのだ。

そのハブヒルのすぐそばには、宇江城というグスクがあり、久米島町の教育委員会では数年に渡りそのグスクの修復活動をして、またグスクに関する資料の収集に努めていた。その活動の中で、ジョン・ロンドン氏のサイトの存在を知ることになる。グスクに関する情報は得られなかったが、そこで公開されていた写真は資料としても価値が高く、なによりもその風景は久米島の人たちにとっても懐かしいものであった。そこで久米島自然文化センターが主催で、その写真をもとにした写真展を久米島町制一周年記念として開催することになった。その際作られた図録が、この『ハブヒル ストーリー』なのである。
僕としても初めてみる写真ばっかりなのであるが、なんとも懐かしく感じる。アメリカ世時代の、どこかしらのんびりとした農村風景と、まるで映画のセットのような街角の風景。写真につけられた英語と日本語のキャプションもなかなか味がある。
翻訳を担当したのは、久米島高校の先生と英字新聞部の生徒達だ。例えばこんな感じ…
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