2008年06月16日
「島ラッキョウ食べて、ラッキーラッキー」(嘉手川学)

毎年この時期になると嬉しいことが、旬の島ラッキョウ(ウチナーグチではラッチョウという)が味わえることである。沖縄料理の店や居酒屋で薄塩に漬け込んだ美味しいラッチョウがでて、花鰹をかけて食べると泡盛が何杯でも飲めてしまうので、なんだか得した気分になり「ラッキー、ラッキョー、チェケラッチョウ!!」といってみたくなる。
島ラッキョウは本土のラッキョウに比べて球の大きさが小さく、球体にならずにスラリとスマート。香りは強く味が濃いので本土のように甘酢漬けにしないで、主に浅漬けにして、食べるときに鰹節を花鰹をふりかけ、ほんの少量の醤油をたらして食べるとメチャクチャに美味しくて、ビールはもちろん泡盛や焼酎、ウィスキーだって飲めてしまう。あ、でも、ワインには合わなかったけど日本酒はまあまあいけた(そこまで飲むか!)。

何よりもご飯にもよく合うことが島ラッキョウファンを増やしている。特に細かく刻んで花鰹と醤油をまぶしたものは、ご飯が何杯でもいけてしまう。旨い酒の肴はご飯にもよく合うといわれているだけあり、ご飯好きのボクのカアちゃん(女房のことね)はこれだけでご飯3膳は食べてしまう。ボクが他に美味しい夕食のおかずを準備しても、まず細かく刻んだ島ラッキョウでご飯を3杯食べた後、ボクの作った夕食に手をつける有様である。
島ラッキョウには体力の低下や風邪の引き始めに食べるとケッコウがよくなり体が温まり、疲労回復に効果があるといわれている。また、殺菌効果も高く味覚低下を改善する亜鉛を多く含み、食物繊維も豊富なので腸を整える作用もある。
島ラッキョウの主な食べ方としては、前述の薄塩の浅漬けがポピュラーだが、薄皮を取り除いた島ラッキョウを豆腐と一緒に炒める「ラッチョウチャンプルー」も美味しい。島ラッキョウに熱を加えることで、特有の香りが陰を潜め辛味は甘みに感じられるが、シャキッとした食感と豆腐とのバランスが食欲をかきたてる。さらに10年ほど前から居酒屋のメニューとして並ぶようになったのが、「島ラッキョウの天プラ」。きっかけはオリオンビールのCMからだった。あの江守徹が「島ラッキョウの天プラ、塩が旨い」といいつつ、オリオンビールをングング、プハーッとやったもんだから、島ラッキョウの天プラの人気に火がついて一気に広まった。
それまでボクの周りには食べた人がまったくいなかったから、島ラッキョウの天プラは多くのウチナーンチュに衝撃を与えた一品だったといえる。島ラッキョウの球の部分がホッコリとして甘くなり、サクッと揚がった衣との食感が絶妙で塩味が全体の味を引き締めて、まさにオリオンビールの美味しさを引き出す最高のつまみの一つになった。ただ、当時は上手に天プラを揚げきれてない店も多く、ベチョッと油っぽい島ラッキョウの天プラは島ラッキョウ本来の美味しさを損なうものだった。
今では一時的なブームも去り島ラッキョウの天プラも定番料理になっているが、やっぱり美味しい島ラッキョウといえば薄塩でつけた島ラッキョウである。
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2008年06月09日
厳選・沖縄音楽(6月号)「古典の心」「大浜みね独唱歌集」

今回は私が復刻を望む2枚のアルバム、すなわち、安富祖竹久の「古典の心」と大浜みねの「大浜みね独唱歌集」を紹介したい。
安富祖竹久「古典の心」(RBCレコード RML-1004 1970年)
2007年、私は金武良仁全曲集「名人の呼吸が聴こえる」という二枚盤復刻CDアルバムをプロデュースした。SP盤レコードを蓄音機で再生させ、録音した。三線の抑揚と声の抑揚とのバランスの微妙さが実にすばらしく、まさに名人の呼吸というものはこういうものだと感動した。
安富祖竹久(1915〜1990)のアルバム「古典の心」はどうしても復刻してもらいたい一枚だ。古典音楽のことをいろいろ書くと、ボロが出そうなので少し控えて、とにかくゆったりとした中でも音が全くぶれない。それは当たり前なのでありますが、普通のぶれなかたではない。低音も高音も限界がないように余裕で発声する。1970年の録音というからまあ絶頂期の録音といってもいいのかもしれない。その後野村流古典音楽保存会会長に就任し、名人ぶりを発揮したことはあえて説明の必要なないでしょう。
とにかくここに名人芸の足跡があり、これを鑑賞できるのだから、その復刻は少なくとも私は待望して久しい。
'76民謡大賞受賞記念「大浜みね独唱歌集」(マルフクレコード F-34 1976)
八重山民謡の女性歌手といえば、真っ先に大浜みねの名前が浮かぶ。八重山古典民謡の最大の功労者で夫の故大浜安伴を影で支えながら女性歌手の手本として歌い続けてきた、大浜みねのこれまた絶頂期のアルバムがそれである。
1969年、NHKのど自慢コンクールで日本一になった宮良康正の囃子を受け持ち、全国的にも注目された。そして76年、民謡大賞を受賞し、その年に記念公演も行っている。このアルバムはどこをとってもどこから聴いてもすばらしいのだ。とばらーま、つぃんだら、でんさー、脂が乗り切っているというのはこいうアイテムにいうのだろうと聴くたびに感動している。本当にレコードもジャケットもテカテカに光っているように見えるから不思議だ。
希望的結論からいうと、復刻されることなく、自分ひとりだけでイヒヒと聴いておきたいアルバムだが、しかし沖縄音楽の財産として大浜みねの全音源といわないまでも、せめてこのアルバムは復刻してもらいたいものだ。
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2008年06月02日
むぎ社 その不思議な世界『オバァが拝む 火の神と屋敷の御願』

ここ数年、沖縄県産本業界で確立したジャンルがある。本屋の郷土本コーナーでも目立つところに位置するようになった「御願本コーナー」である。沖縄県以外の本屋さんでは絶対ないジャンルだろう。「うがん」「うぐゎん」と読むのは沖縄人の常識だが、我がボーダーインク刊行の『沖縄の御願ことば事典』(1998年 高橋恵子著)なども、県外からの問い合わせだと「おねがいことば事典」と注文がくる場合がごくたまにあったりする。「御願」とは何かと説明すると話はとても長くなるのであるが、要するに、沖縄の人々がいろんな沖縄の神様に様々な祈りを捧げること、としておこう。このジャンルをここ数年脇目もふらず追求し、独自のスタイルを作り上げた沖縄県産本の出版社が「むぎ社」である。
1986年に、沖縄の地元出版社で編集をしていた座間味栄議氏が立ち上げたむぎ社は、沖縄の歴史、グスク、沖縄で見られる星座、沖縄の川の本など、沖縄の文化と自然をそれぞれの研究者や専門家が、一般向けに、印象としては学校の教材・副読本として使えそうな内容としてまとめた本を、コツコツと出していたオーソドックスな県産本の出版社だった。
変化のきっかけになっただろうと思うのが、2005年に出た『琉球の死後の世界 −沖縄その不思議な世界』である。郷土の民俗研究家である崎原恒新氏が文献資料調査と独自の聞き取り調査によってまとめた本だが、専門的な研究書といった案配ではない。沖縄の民間に伝わってきた「死」「あの世(グソー)」「幽霊」「まじむん(妖怪)」の事例をざっくりと集めて紹介している。実は当時僕も沖縄の呪い(まじない)とか魔よけに関する本を企画していたので、この少々怪しげなタイトルのこの本は、とても面白く読んだ。「多様な個性を持つ幽霊 / 墓と墓地の幽霊 / 村の内外に出没する幽霊 / 幽霊屋敷 / 歌をうたう骸骨・幽霊 / 骸骨編 / 歌う幽霊編 」など、そそる項目が並んでいる。「研究書」でも「トンデモ本」でもない、そのギリギリのニュアンスが県産本の味わいと言っておこう。(ちなみに僕の企画は頓挫した)

そしてその翌年にいよいよ登場したのが、『オバァが拝む 火の神と屋敷の御願(ひぬかんとやしちぬうがん)』である。この本でいよいむぎ社代表の座間味氏自らが著者となり、沖縄のオバァたちが拝む「火の神」とはどのような神様なのか、懇切丁寧に説き、「ウグクトゥバ」や「屋敷の御願」について、沖縄の各地の事例を細かく説明している。いつのまにか座間味氏は、「御願」を独自に研究し専門家となっていたのである。その内容はというと、枕なしにいきなり本題の話にはいる名人落語家のように、木訥としているがスッと内容が入ってくる。御願の副読本とでもいえようか。この本は県内書店での売上げもよくすぐに増刷をしている。県産本ベストセラーである。
実は当時、我がボーダーインクでも、都市化した沖縄の生活なかで、だからこそ必要とされている普通の沖縄の家庭における「御願」の仕方についてのハンドブックを編集していたので、この本が出た時はびっくりしたが、路線やターゲットとしている読者イメージが違っていた(ので、頓挫しなかった)。そして『オバァが拝む……』の数ヶ月後に出たのが、ボーダーインクの『よくわかる御願ハンドブック』である。この二冊のヒット本により、沖縄県内の書店では関連本を充実させ次々と「御願本コーナー」が作られることになる。
さらにむぎ社は、同じ年に『沖縄の魔よけとまじない 家と家族を守るムンヌキムン』(座間味栄議著)、翌年07年には、『ひと目でわかる! スーコーとトートーメー 沖縄の葬式と法事と位牌』(むぎ社編)、さらに今年08年は『まるごとわかる!ユタ 霊能者か!エセ占い師か!』(座間味栄議著)と、もう迷うことなくこの路線に特化した出版活動を展開している。
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2008年05月26日
「エンマ様の庭木に“相手を思う樹”を」(比嘉淳子)

5月後半の沖縄はもう梅雨だが、前半のゴールデンウィークは天気にも恵まれ、主婦としては充実した日々を過ごし、たっぷりの充電期間後の初仕事がなぜか「家庭裁判所」訪問である。
(誤解のないように言っておくと、我が家はいたって「円満」であるからご安心を!)
人に頼まれて、ちょっとした届け物を預けに立ち寄ったのだけど、約束の時間より早めに到着したので、せっかくの「家庭裁判所デビュー」に恒例の「世間さまウォッチイングゥ」をしないわけにはいかない。
広い駐車場のサイドに広がる法面には「タイワンレンギョ」で「かていさいばんしょ」と文字が描かれていた。実はこの場所、幼い頃の遊び場だったのである。
実家は背を伸ばすと見えるほどの距離。母がテレビを観ているのがわかるほど近いのだ。
「かあちゃ〜ん」と声を掛けたかったが、何せ「家庭裁判所」にいるのでさすがにやめた。
建物の中は案外明るく受付の女性も感じがいい。
「ふ〜ん、テレビドラマのイメージとは大違いじゃないか」と思いながら勧められるままにパステルカラーのソファーに座った。
しかし、このソファーたちが妙に点在し、不自然な位置に置かれている。
「こんなんじゃぁスペースの無駄でしょ!」とツッコミを入れたくなった。
しばらくして、女性が入ってきた。目が真っ赤である。追うように男性が入ってきた。両者、目と目が合う! 殺気が漂った!(「!?」タブン、夫婦か・な?夫婦なのに、遠くの席に座った。)
側のテレビがさっきからずっと同じ番組を放送している。
「調停というものは、離婚、親権、財産の…」と始まり「それが、調停で解決できなければ審判となります。」のような事がずっと流れている。
つまり、大人の喧嘩が、スイミングスクールのクラスのように「めだかさんコース」から始まり「いるかさんコース」に発展し「オリンピック選手養成コース」になるになるのだな。フムフム、と私流に解釈していた。
それからというもの、入場してくる人の顔は鬼のような形相の人たちばかり。一見して親族だなと思われるような“そっくりな人たち”がそれぞれ遠くに分裂して腰掛けているのだ。
道理でソファーの位置関係が多方面に置かれ、不自然だなと思ったわけである。
一般の人々なのに強面の人がドンドン増えてきた。何だかいたたまれない…。
目の前のおじさんが私の隣のほうに居る男性に「えー!いったぁ フラー父ちゃんは?」と言い、その兄さんはギロッと睨み返し「ポッテカおじさんに会わせたくないばぁよー」と、答えた。私を挟んでこの会話である。「ここは、地獄か?!」
裁判所という所は『エンマ様の住処』というイメージが強烈にインプットされてしまった。きっと、2階の各部屋(現場)では怒号が飛び交い、泣き声が響きこの世の地獄絵となっているのだろうな…。
ようやく知人が現れて地獄からは開放されたのだが、彼らから吐き出された「いやぁな感情」に汚染されたようで一刻も早く解毒したかった。
5月といえば春うららかな季節で、沖縄ではつい先月まで「清明祭」で一族郎党が先祖の眠る墓地に会し、亡き先祖たちと一緒に楽しく会食を共にしたのである。「5月は憲法月間です。身近な人の人権を考えてみませんか」の垂れ幕が悲しい。
歩みを止めて空をみあげると、一面に広がる「相思樹」の黄色。
5月は「相思樹」の季節なのだ。そう「“相手を思う樹”」。
黄色の小さなぽんぽんのような花が、うっすらと甘い香りを漂わせている。
マメ科の「おじぎそう」の仲間である。木ですら「おじぎ」をするのだ!
相手の立場を思いやり、礼を尽くす。そうなれば、閻魔様も暇になるはずだ。
沖縄は「守礼の邦」だった。廉恥を忘れた現代人は一体どこに向かっているのだろう。
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