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2008年06月02日

むぎ社 その不思議な世界『オバァが拝む 火の神と屋敷の御願』


 ここ数年、沖縄県産本業界で確立したジャンルがある。本屋の郷土本コーナーでも目立つところに位置するようになった「御願本コーナー」である。沖縄県以外の本屋さんでは絶対ないジャンルだろう。「うがん」「うぐゎん」と読むのは沖縄人の常識だが、我がボーダーインク刊行の『沖縄の御願ことば事典』(1998年 高橋恵子著)なども、県外からの問い合わせだと「おねがいことば事典」と注文がくる場合がごくたまにあったりする。「御願」とは何かと説明すると話はとても長くなるのであるが、要するに、沖縄の人々がいろんな沖縄の神様に様々な祈りを捧げること、としておこう。このジャンルをここ数年脇目もふらず追求し、独自のスタイルを作り上げた沖縄県産本の出版社が「むぎ社」である。

 1986年に、沖縄の地元出版社で編集をしていた座間味栄議氏が立ち上げたむぎ社は、沖縄の歴史、グスク、沖縄で見られる星座、沖縄の川の本など、沖縄の文化と自然をそれぞれの研究者や専門家が、一般向けに、印象としては学校の教材・副読本として使えそうな内容としてまとめた本を、コツコツと出していたオーソドックスな県産本の出版社だった。

 変化のきっかけになっただろうと思うのが、2005年に出た『琉球の死後の世界 −沖縄その不思議な世界』である。郷土の民俗研究家である崎原恒新氏が文献資料調査と独自の聞き取り調査によってまとめた本だが、専門的な研究書といった案配ではない。沖縄の民間に伝わってきた「死」「あの世(グソー)」「幽霊」「まじむん(妖怪)」の事例をざっくりと集めて紹介している。実は当時僕も沖縄の呪い(まじない)とか魔よけに関する本を企画していたので、この少々怪しげなタイトルのこの本は、とても面白く読んだ。「多様な個性を持つ幽霊 / 墓と墓地の幽霊 / 村の内外に出没する幽霊 / 幽霊屋敷 / 歌をうたう骸骨・幽霊 / 骸骨編 / 歌う幽霊編 」など、そそる項目が並んでいる。「研究書」でも「トンデモ本」でもない、そのギリギリのニュアンスが県産本の味わいと言っておこう。(ちなみに僕の企画は頓挫した)


 そしてその翌年にいよいよ登場したのが、『オバァが拝む 火の神と屋敷の御願(ひぬかんとやしちぬうがん)』である。この本でいよいむぎ社代表の座間味氏自らが著者となり、沖縄のオバァたちが拝む「火の神」とはどのような神様なのか、懇切丁寧に説き、「ウグクトゥバ」や「屋敷の御願」について、沖縄の各地の事例を細かく説明している。いつのまにか座間味氏は、「御願」を独自に研究し専門家となっていたのである。その内容はというと、枕なしにいきなり本題の話にはいる名人落語家のように、木訥としているがスッと内容が入ってくる。御願の副読本とでもいえようか。この本は県内書店での売上げもよくすぐに増刷をしている。県産本ベストセラーである。

 実は当時、我がボーダーインクでも、都市化した沖縄の生活なかで、だからこそ必要とされている普通の沖縄の家庭における「御願」の仕方についてのハンドブックを編集していたので、この本が出た時はびっくりしたが、路線やターゲットとしている読者イメージが違っていた(ので、頓挫しなかった)。そして『オバァが拝む……』の数ヶ月後に出たのが、ボーダーインクの『よくわかる御願ハンドブック』である。この二冊のヒット本により、沖縄県内の書店では関連本を充実させ次々と「御願本コーナー」が作られることになる。

 さらにむぎ社は、同じ年に『沖縄の魔よけとまじない  家と家族を守るムンヌキムン』(座間味栄議著)、翌年07年には、『ひと目でわかる! スーコーとトートーメー  沖縄の葬式と法事と位牌』(むぎ社編)、さらに今年08年は『まるごとわかる!ユタ 霊能者か!エセ占い師か!』(座間味栄議著)と、もう迷うことなくこの路線に特化した出版活動を展開している。


 これらの本には、全て「沖縄その不思議な世界」というシリーズ名というか、むぎ社独自のジャンル名が付いている。このむぎ社の独自路線は、ある意味これまでの沖縄県産本出版社になかったドラスティックな変化だろう。今後もむぎ社の、その不思議な世界から目が離せない。さり うーとーとぅ……。

 ところで、昨今の「御願本」が売れた沖縄の状況を、これも「沖縄ブーム」を意識し、のせられた沖縄人が「観光客敵な視点」の沖縄っぽさを演じたがっているのではないか、という指摘もあるらしいが、そうかなぁ。「御願」という「沖縄のしきたり」に関する本が売れるという背景には、新しい沖縄の社会を生き抜こうとしている、沖縄人の在りようがリアルに浮かび上がっていると思うのだが。だって、「御願本」は沖縄の読者に取って「実用書」なのだから。

●新城和博の『ryuQ100冊』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73391.html

プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/


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