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2008年05月05日

『ハブヒル ストーリー』のヒストリー(久米島)


『ハブヒル ストーリー』のヒストリー
 古き良き隣人たち?が見た久米島


 先日、ボーダーインクの同僚が久米島出張から戻って、「おもしろい写真集があったよ」と一冊の本をお土産に買ってきた。それは久米島自然文化センターが発行している『ハブヒル ストーリー』という写真集。〈ハブヒル〉という地名が久米島にあるのかと思ったら、それは「ハブの丘」という意味なのである。サブタイトルに「駐留米軍人が見た久米島」とある。なんだなんだと頁をめくってみるとそこには古き良き島の風景が詰まっていた……。

 実は、復帰前まで久米島の小高い丘に米軍のレーダー基地があった。そこに配属された米軍人たちは、勤務の傍ら、久米島の風景や集落の様子、そしてそこに生きる島人たちの姿を写真撮影していた。1950年代から70年代のことだ。彼らはその丘の事を、「バブがたくさんいる丘」ということで、〈ハブヒル〉と呼んでいた。沖縄が日本に復帰すると、その丘は今度は自衛隊のレーダー基地となった。それから数十年の時がたち、久米島に駐屯していた元米軍人のひとりジョン・ロンドン氏が、そのころの久米島の思い出の写真を公開するウェブ・サイトを開設する。そこには久米島に配備されていた多くの元米軍人たちから寄せられた写真がたくさんあった。彼らは久米島で過ごした日々をノスタルジックな記憶として大事にしていたのだ。

 そのハブヒルのすぐそばには、宇江城というグスクがあり、久米島町の教育委員会では数年に渡りそのグスクの修復活動をして、またグスクに関する資料の収集に努めていた。その活動の中で、ジョン・ロンドン氏のサイトの存在を知ることになる。グスクに関する情報は得られなかったが、そこで公開されていた写真は資料としても価値が高く、なによりもその風景は久米島の人たちにとっても懐かしいものであった。そこで久米島自然文化センターが主催で、その写真をもとにした写真展を久米島町制一周年記念として開催することになった。その際作られた図録が、この『ハブヒル ストーリー』なのである。

 僕としても初めてみる写真ばっかりなのであるが、なんとも懐かしく感じる。アメリカ世時代の、どこかしらのんびりとした農村風景と、まるで映画のセットのような街角の風景。写真につけられた英語と日本語のキャプションもなかなか味がある。
翻訳を担当したのは、久米島高校の先生と英字新聞部の生徒達だ。例えばこんな感じ…


〈写真番号[78] 有名な町の“十字路” The famous“Four Corners"
ホームページでは「写りが悪くて申し訳ありません。有名な場所なので載せることにしました」と紹介されており、当時からほとんど変わらず現在もこの十字路は存在する。〉

 沖縄と米軍との関係は基本的には差別的な、僕たちにとっても不幸なものだけど、そこにはこんな風にして人と人との交流も確かにある。「良き隣人」とよく米軍スポークスマンのコメントを読む度にムカッとするのであるが、この写真集の中では島の人たちにそそがれる米軍人たちのまなざしは温かい。すこし複雑な思いを持ちつつ、久米島土産の写真集を眺めてみたのである。そういえば、僕はまだ久米島に行ったことがないなぁ。どうして懐かしく感じるのだろうか。アメリカ世の頃の沖縄の写真はなぜかとても切なくなるのだ。

ハブヒル ストーリー −駐留米軍人が見た久米島−』久米島自然文化センター編集・発行
 問い合わせ:同センター 沖縄県久米島町字嘉手苅542番地
 ジョン・ロンドン氏のサイト:http://kumejima.warwickhi.com/

●新城和博の『ryuQ100冊』バックナンバー:
http://ryuq100.ti-da.net/c73391.html

プロフィール:新城和博(しんじょうかずひろ)
沖縄県産本編集者。1963年生まれ、那覇出身。編集者として沖縄の出版社ボーダーインクに勤務しつつ、沖縄関係のコラムをもろもろ執筆。著者に「うっちん党宣言」「道ゆらり」(ボーダーインク刊)など。
ボーダーインクHP:http://www.borderink.com/


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