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2008年05月12日

ryuQ100歌5月号「玉城一美、金城洋子」特集


今回のryuQ100歌5月号では「探しているのになかなか見つからないぞ」とよく聞くレコードを2枚取り上げてみました。どちらも後々本人がデジタル録音しているのではありますがご紹介しましょう。

「女童花染小」
 歌・玉城一美、玉城清美

 (マルフクレコード
 KF-324 1979)

 玉城一美、清美姉妹が29年前に発表したシングル。作詞・上原直彦、作曲・知名定男のコンビ。数え歌仕立ての歌の各連の最後に「思てぃくぃりよー かなさしよ(思ってください 愛してください)」というリフレインが耳に残りとても覚えやすい歌だ。私の店でも探しても見つからず聞かせてもらいたいという曲の三本指には入りそうだ。またジャケットがいい。戦後沖縄を代表する歌手の一人・故玉城安定の娘二人。いまや中堅女性歌手のこれまた代表的存在の玉城一美と、かたや今では一線から離れている妹の清美とが並んで微笑む初々しい姿は玉城一美ファンならずとも沖縄音楽のファンなら欲しいジャケットではないか。そして二人のコーラスは聞き応え十分過ぎるほどこれまた初々しいのである。1997年にリリースしたアルバム「天縁」(ディスクアカバナー)ではその完成された「女童花染小」を歌っているが、レコードというものはその18年前の歌声を聞くことができるのです。


「にーびちすがやー」
 歌・金城洋子

 (BCYマルフクレコード
 FF-1007 1982)

 タイトルの「にーびちすがやー」は「結婚しようかな」という感じの意味。この楽曲も作詞・上原直彦、作曲・知名定男の黄金コンビ。金城洋子は現在沖縄民謡界の重鎮・金城実の娘。彼女はこの歌の通り本当に結婚してしばらく歌の道から離れることになる。ところで、レーベルが気なるところである。ジャケットにはBCYマルフクレコードとあるが、歌詞の方を見ると制作・BCYンナルフォンとある。BCYンナルフォンは(有)キャンパスのレーベルで今でも沢山の沖縄発CDをプロデュース及び販売しているキャンパスレコード。BCY(びーしーやーと読む)はビセカツ(代表者)の実家の屋号。
ンナルフォンは代表に担ぎ上げられた金城実のミノルをウチナーグチ風に発音するとンナルとなる。メジャーのミノルフォンならず、ンナルフォンてな具合。また、ンナルーには何も持っていない、体身一つという意味もある。BCYマルフクというのは未だレーベル=ンナルフォンが確立されてない頃のレコードだということになるのか。しかし“ん”から始まるレーベルの発音は難しいのでは?   
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2008年05月05日

『ハブヒル ストーリー』のヒストリー(久米島)


『ハブヒル ストーリー』のヒストリー
 古き良き隣人たち?が見た久米島


 先日、ボーダーインクの同僚が久米島出張から戻って、「おもしろい写真集があったよ」と一冊の本をお土産に買ってきた。それは久米島自然文化センターが発行している『ハブヒル ストーリー』という写真集。〈ハブヒル〉という地名が久米島にあるのかと思ったら、それは「ハブの丘」という意味なのである。サブタイトルに「駐留米軍人が見た久米島」とある。なんだなんだと頁をめくってみるとそこには古き良き島の風景が詰まっていた……。

 実は、復帰前まで久米島の小高い丘に米軍のレーダー基地があった。そこに配属された米軍人たちは、勤務の傍ら、久米島の風景や集落の様子、そしてそこに生きる島人たちの姿を写真撮影していた。1950年代から70年代のことだ。彼らはその丘の事を、「バブがたくさんいる丘」ということで、〈ハブヒル〉と呼んでいた。沖縄が日本に復帰すると、その丘は今度は自衛隊のレーダー基地となった。それから数十年の時がたち、久米島に駐屯していた元米軍人のひとりジョン・ロンドン氏が、そのころの久米島の思い出の写真を公開するウェブ・サイトを開設する。そこには久米島に配備されていた多くの元米軍人たちから寄せられた写真がたくさんあった。彼らは久米島で過ごした日々をノスタルジックな記憶として大事にしていたのだ。

 そのハブヒルのすぐそばには、宇江城というグスクがあり、久米島町の教育委員会では数年に渡りそのグスクの修復活動をして、またグスクに関する資料の収集に努めていた。その活動の中で、ジョン・ロンドン氏のサイトの存在を知ることになる。グスクに関する情報は得られなかったが、そこで公開されていた写真は資料としても価値が高く、なによりもその風景は久米島の人たちにとっても懐かしいものであった。そこで久米島自然文化センターが主催で、その写真をもとにした写真展を久米島町制一周年記念として開催することになった。その際作られた図録が、この『ハブヒル ストーリー』なのである。

 僕としても初めてみる写真ばっかりなのであるが、なんとも懐かしく感じる。アメリカ世時代の、どこかしらのんびりとした農村風景と、まるで映画のセットのような街角の風景。写真につけられた英語と日本語のキャプションもなかなか味がある。
翻訳を担当したのは、久米島高校の先生と英字新聞部の生徒達だ。例えばこんな感じ…   
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2008年04月21日

ryuQ100味4月号『サングヮチグヮーシの話』


気がつけばもう新年度の4月。去年から始まったたこの琉球百科シリーズも早一年である。ボクが担当しているこのコーナーは年中行事の料理を中心に紹介しているけれど、一年で代表的な年中行事と料理をだいたい紹介してきた。なので、今年度は前年度、行事が重なって紹介できなかった年中行事の料理を中心に、沖縄の旬の食材や季節の料理なども紹介していきたいと思う。

とういわけで、4月である。4月といえば沖縄の三大年中行事の一つであるシーミーであるが、去年、このコーナーの第1回目がシーミーだったのである。というわけで今回は旧暦3月の中でもわりと大きな年中行事の「浜下り(ハマウイ)」を紹介するね。


旧暦3月3日はサングヮチサンニチとも呼ばれ、沖縄では女の子だけに限らず若い娘を中心にすべての女性が、ヨモギ餅や色とりどりのお菓子、ご馳走などを重箱につめて海で楽しく過ごす「女の節句」である。浜辺で身を清めることから「浜下り」ともいわれている。

浜下りの始まりは、その昔、未婚の美しい娘が誰とも知らない美青年と恋におちいり、夜な夜な逢瀬を重ねているうち娘は身ごもってしまう。母親は素性の知らない男の子供を身ごもったことに困り、男の身元を確認するため娘に男と会うときに、麻糸のついた針を着物の袖に刺すよう命じた。

翌朝、母親が麻糸をたどっていくと石垣の穴に突き当たってしまい、その穴をのぞくと中には2匹のアカマタ(蛇)がいて、1匹のアカマタの尻尾には針が突き刺さっていたという。穴の中からは2匹の話し声が聞こえ、針の刺さったアカマタが「自分は人間の美しい娘に自分の子種を宿らせたので、針が抜けなくて苦しみぬいて死んでも悔いはない」といった。

すると別のアカマタが「人間は利口だからヨモギ餅を作って海辺におり、飛んだり跳ねたりして波とたわむれて遊べば、海水に清められてお腹の子種は流されてしまうかも」といった。それを聞いた母親は急いでうちに帰り、娘を連れて海に行き浜に下りると娘の体は小さなアカマタが7匹も出てきて、娘の体は海水に清められ、元の美しい体になったという。その日が旧暦3月3日だったことから、女性はこの日に浜下りをして白い波に足を浸すと災厄が払われるといわれ、浜下りが始まったという。


昔はこの日の重箱にヨモギ餅やサーターアンダギーのような味わいのサングヮチグヮーシ(三月菓子)、落雁のようなコーグヮーシ、赤寒天などのお菓子、小豆ご飯のおにぎりや赤飯のおにぎり、豚肉のごぼう巻きや魚のてんぷら、赤カマボコ、白カマボコ、赤く染めたゆで卵昆布巻き、祝いの席に欠かせない花イカといったご馳走が詰められている。   
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